全米女子オープンは、女子ゴルフ界に5つあるメジャー大会の中で、最もステイタスが高いと言われる最高峰の大会である。
今年の全米女子オープンは、難コースのエリンヒルズ(ウィスコンシン州)で開催され、熱戦が繰り広げられた。
最終日は米国出身で世界ランキング1位のネリー・コルダをはじめ、「ジャパニーズ・トリオ」と呼ばれた竹田麗央、西郷真央、渋野日向子など数多くの選手に優勝のチャンスがあった。
しかし、蓋を開けてみれば、スウェーデン出身の25歳、マヤ・スタークが他選手の動きに惑わされることなく、自分自身とコーストとの戦いに徹して独走を遂げ、見事、2位に2打差でメジャー初優勝を挙げた。
「自信レベルは低かった」
幼いころからゴルフを始め、みるみる頭角を現したスタークは、2016年にスウェーデンのナショナルチーム・メンバーとなり、母国や欧州、そして世界のジュニアゴルフ界で活躍した。
大学は米国のゴルフの名門、オクラホマ州立大学へ留学し、米国のカレッジゴルフ界で数々のタイトルを手に入れた。
2021年にプロ転向。LET(欧州女子ツアー)参戦を開始し、これまでに通算6勝を挙げている。
米LPGAでは、ノンメンバーだった2022年にLETとの共催大会であるISPS Handaワールド招待で勝利して、正式メンバーに昇格したが、その後は、優勝の二文字からは遠ざかっていた。
世界ランキング33位で臨んだ今年の全米女子オープンでは、スターク自身が「自信レベルは、とても低かったので、他の選手と競うのではなく、コースや自分自身を相手に粛々と戦うつもりで臨んだ」と謙虚に語っており、実際、開幕前の優勝候補には、彼女の名前はまったく上がっていなかった。
しかし、最終日はスタークの独壇場と化し、優勝争いは、ほとんど彼女の「一人ゴルフ」となった。それでも、72ホール目の18番を迎えたときは、2位に3打差を付けていたものの、「とてもナーバスになった」と振り返った。
そんなスタークを支えていたのは、彼女のバッグを担いでいた相棒キャディのジェフ・ブライトンだった。
優勝争いの真っ只中で、スタークとブライトンは、攻め方やクラブ選択を綿密に話し合っていた。スタークは「こう攻めたい」「このクラブで狙いたい」と、アグレッシブになりがちだったが、キャディのブライトンは、多くの場合、首を横に振り、安全ルートを提案。真剣な表情、静かな口調でボスを上手に説き伏せ、納得させていたブライトンの仕事ぶりは、とてもプロフェッショナルだった。
スタークも「キャディが私の暴走を止めてくれた。彼がいてくれたおかげで私は優勝できた」と心から感謝していた。
「キャディのおかげです」
驚くなかれ、キャディのブライトンは、元コメディアンという異色の経歴の持ち主で、男女双方の米欧ゴルフ界では、なかなか有名な名物キャディである。
スコットランドで生まれ育ったブライトンは、幼少期からゴルフを始めた。しかし、「僕がプロゴルファーになって身を立てることは難しい」とハイスクール時代に自ら悟り、地元の名門クラブであるターンベリー所属のジュニア・キャディとなって、キャディ術を磨いたという。
地元の大学卒業後は、ラジオ局やリゾート関連企業などに勤務しながら、一方で、コメディアンの仕事にも従事し、2008年にはスコットランド・コメディアン・オブ・ザ・イヤーを受賞。2012年からは英国のエンタテインメント企業からエジプトに派遣され、彼の地でコメディアンとして舞台に立っていた。
その後、母国に戻り、本格的にキャディ業を始動。熟知していたターンベリーが舞台となった2015年全英女子オープンで、韓国のコ・ジンヨン選手のバッグを担ぎ、単独2位に導いたことが高く評価され、その後は米欧ゴルフ界で名だたる選手たちのキャディを務めるようになった。
そんなブライトンの歩みは異色だが、彼は実力あるキャディである。そして、スタークは、実力はありながらも、まだまだ無名に近い選手の1人として、今年の全米女子オープンにやってきた。
スタークとブライトンがタッグを組んだのは、この大会の「ほんの2,3週前だった」そうだが、2人は、まるで長年のコンビのように息の合ったやり取りとプレーぶりで、メジャー初制覇を果たした。
「優勝できたのは、キャディのおかげです」
心の底から何度も何度もキャディに感謝するスタークの謙虚な人柄が伝わってきた。
「何百万ドルを寄付したい」
ゴルフのスタイルはアグレッシブだが、人柄は謙虚で穏やか。そんなスタークが掲げる夢にも、彼女らしさが見て取れる。
スタークの夢は2つ。1つは「キャリアグランドスラムを達成すること」という、ゴルファーとしてのビッグドリームである。
そして、もう1つは、「何百万ドルという大金を寄付すること」だそうだ。その背景に、何か特別な事情や理由があるのかどうかは、今はまだ明かされてはいない。だが、これまでも、チャリティ・トーナメントなどに積極的に参加してきたスタークは、常々、誰かのため、社会のために役立ちたいと願っている。
全米女子オープンで手にした優勝賞金は、破格の240万ドル。日本円で3億4800万円超のビッグマネーだ。
彼女は、この中から100万ドル、いや200万ドルを、本当に寄付するつもりなのだろうか。そうすれば、夢が1つ叶うことになるが、その決断を性急に行なう必要性は、もちろんない。
優勝会見で240万ドルの使い道を尋ねられたスタークは、「とりあえず、今、住んでいるスタジオタイプのアパートメント(日本で言うワンルーム・マンション)から引っ越すかどうかですかねえ?」
スタジオタイプの部屋は、かなり手狭のはずだが、それでも「とても気に入っている」と笑うスタークは、質素で、倹約家でもあるようだ。
そんな彼女には、熟慮を重ねた上で、是非とも、ビッグな寄付を実現し、誰かのため、社会のために役に立つという夢を、是非とも叶えてほしいと思う。