記事・コラム 2023.01.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【2023年1月】鉄人レースに挑んだ女子プロのチャレンジ

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、ニューヨークを経て、現在はロサンゼルス在住。

第67回

昨秋、米欧両ツアーで戦うオランダ人プロゴルファーのアン・バン・ダムが「12月のハーフ・アイアンマン・レースに挑戦する!6時間以内で回る!」と宣言したことが、米欧ゴルフ界で話題になった。

ハーフ・アイアンマン・レースは、1.2マイルの水泳、56マイルの自転車の後、13.1マイルを走る合計70.3マイルの競技だ。トライアスロンのハーフサイズとはいえ、過酷であることに変わりはない。

そんな鉄人レースに、なぜ女子プロゴルファーが挑んだのか。なぜ「6時間以内」という一層過酷な条件を自ら科したのか。

バン・ダムの挑戦がゴルフ界で大きな注目を集めた背景には、もう1人の女子選手とその家族の苦悩があった。

未勝利でも幸せな日々

まず、バン・ダム選手のことを簡単にご紹介すると、オランダ人の彼女は現在27歳。欧州女子ツアーのLET(Ladies European Tour)で5勝を挙げ、2019年からは米女子ツアーのLPGA参戦も開始。米欧対抗戦のソルハイム・カップにも米国チームの一員として出場し、東京五輪にも参加した。

LPGAでは未勝利だが、バン・ダムのアスレチックな肉体から打ち出されるドライバーショットは実に豪快だ。飛距離ランキングでは常に1位、2位を争い、女子ゴルフ界屈指のロングヒッターとして知られている。

そんなバン・ダムには、やはりLPGAでロングヒッターとして知られる親友がいる。ジェーン・パークという選手だ。

パークは36歳の米国人。アマチュア時代からスポットライトを浴びていたパークは、2007年のQスクール(予選会)でトップ合格を果たし、鳴り物入りでデビューした。

豪快なショットを放つパークの初優勝は時間の問題と見られていたが、どうしたわけだが、彼女は勝てそうで勝てないことを繰り返し、いまなお未勝利だ。

しかし、リディア・コーをはじめとするLPGAのスター選手たちのバッグを担いできたベテラン・ツアーキャディのピート・ゴドフライと2017年に結婚すると、2020年には長女グレースちゃんを出産し、幸せな日々を送っていた。

そんなパーク一家の暮らしが一変したのは、2021年の夏だった。

1ドルでも多く集めるためなら

2021年7月のある日、生後10か月を迎えたグレースちゃんは、突然、激しい発作に見舞われ、病院へ緊急搬送された。脳にも腫れが見られ、重度のてんかんと診断された。

以来、パークはツアーを休み、グレースちゃんに付きっ切りの日々を過ごしているが、グレースちゃんの症状はなかなか改善されず、高度な検査や治療を受けるためには高額の費用が必要だと告げられたそうだ。

しかし、パーク夫妻が加入している医療保険では、グレースちゃんの医療費はカバーされないことが判明し、パークも夫のピートも途方に暮れていた。

そんな親友一家の苦境を知ったバン・ダムは、グレースちゃんの医療費を賄うために、なんとかして寄付金を集めようと考え、そこで思いついたのが、自分自身がハーフ・アイアンマン・レースに挑むことだった。

「ツアーの仲間たちからも、ゴルフ関係者たちからも、ハーフとはいえ、いきなりトライアスロンに挑むなんて『無茶だ』『ばかげている』と言われました。でも、難しいと思われることにチャレンジするからこそ、大勢の人々の注目を集めることができる。それが1ドルでも多くの寄付金を集めることにつながるのなら、私はたとえ無茶でも無理でも、何だって挑戦します。それに、トライアスロンには一度トライしてみたいと、実は以前から思っていたので、念願叶って挑戦できるんだと思えば、むしろうれしいことです」

昨秋、スペインで開催されたLET最終戦のアンダルシア・オープン会場で欧州メディアに囲まれたバン・ダムは、そう言って静かに微笑んでいた。

できる限りのチャレンジを続けたい

12月のハーフ・アイアンマン・レースに挑むと決めた直後から、バン・ダムは試合の合間に水泳と自転車の自主特訓を行なったそうだ。

筋肉隆々で「アスレチック・ウーマン」と呼ばれているバン・ダムだが、「水泳は日ごろから気分転換のためにホテルのプールでちょっと泳ぐ程度だったから、最初は1500メートル泳ぐのも大変だった」という。

バン・ダムから「アイアンマン・レースに出て、グレースちゃんの治療費を集めてくる」と告げられたパークは、「涙が溢れて止まらなくなりました。スペインの試合に出た翌週にアメリカへ戻り、すぐにカリフォルニアでトライアスロンに挑むなんて、常識では考えられないほどの無茶な冒険なのに、それを6時間以内でやると宣言して寄付を呼び掛けるなんて、、、、私も夫もグレースも何てお礼を言ったらいいのか。心から感謝しています」。

ハーフ・アイアンマン・レースは昨年12月4日にロサンゼルスから車で2時間ほどのインディアン・ウェルスで開催され、バン・ダムは見事に完走し、年齢別カテゴリー内で34位と大健闘した。

要した時間は6時間8分。「6時間以内」の宣言は残念ながら僅差で達成されなかったが、それでも16000ドル超の寄付金が即座に集まり、バン・ダムは「みなさん、本当にありがとう」と自身のSNSに記していた。

バン・ダムがグレースちゃんのために集めようとしている寄付金の当面の目標は5万ドルだそうで、「今後もできる限りのチャレンジとチャリティ活動を続けていきたい」。

バン・ダムが放つ豪打に乗って、彼女の切なる願いと祈りが世界の隅々にまで届いてくれたらいい。そして、集まった寄付金でグレースちゃんが治療を受け、元気になってほしいと私も秘かに祈っている。