記事・コラム 2019.02.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【第20回】「ケビン・キスナー」の名前と存在感

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、NY、ロサンゼルスを経て、現在は日本が拠点。

 米PGAツアーにケビン・キスナーという34歳の中堅選手がいる。
 2011年にツアーデビューした当時は、彼の名前を初めて耳にした関係者やファンの大半が、「えっ?ケビン・コスナー?」と思わず聞き返していた。
 だが、キスナーが2016年のRSMクラシックで初優勝を挙げ、翌年のディーン&デルーカ招待を制して通算2勝目を挙げたころからは、彼の名前も存在もすっかり定着し、もはや大物俳優と混同されることは、ほとんどなくなっている。
 私が初めてキスナーの存在を意識したのは、彼の言動が残念な結果につながったある出来事が起こったときだった。

初トライアルはエラーだった

 アメリカ南部のサウス・カロライナ州アイケンという町で生まれ育ったキスナーは、隣の州のジョージア大学を卒業後、2006年にプロ転向。下部ツアーで5年間、腕を磨いた末、2011年に米ツアーに辿り着き、2016年に初優勝を挙げたのだが、残念な出来事が起こったのは、その直後だった。
 「ゴルフが楽しいスポーツであることをいろんな人に知ってもらうために面白いビデオを作ろう」と思い立ったキスナーは、サウス・カロライナ州のホームコースに昔からの仲間たちを集め、楽しさや賑やかさを演出しようと、ビールを飲みながらゴルフカートに箱乗りしたり、カーレースのようにスピードを競い合ったり。その大騒ぎぶりを撮影し、動画をSNSにアップした。
 キスナーたちにしてみれば、目を引くものを作りたい一心で手掛けた動画だった。だが、「撮影の舞台」となったゴルフクラブからは「ゴルファーとして、あるまじき行為。未来を担う子供たちやゴルフを愛する人々の範となるべきプロゴルファーが取るべきではない行動だ」と厳しく叱責され、同クラブのメンバーシップの一時停止処分を受けた。
 当時、キスナーは、すでに米ツアーのトップクラスの選手とみなされていたが、そんなスター選手であっても、同クラブは「人間として尊敬できないゴルファーは、我がゴルフクラブには必要ない」と毅然とした態度を取った。
 キスナーは深く反省し、同クラブに謝罪。「もうあんなことは2度としません」と誓い、ようやくメンバーシップを戻してもらった。
 不思議なことに、その一件以後、キスナーの成績は以前より格段に安定し、そしてさらに伸びていった。

今こそ、アグレッシブに!

 そもそもキスナーがやりたかったことは何だったのかと言えば、それはビールを飲んでバカ騒ぎをしたかったわけでは、まったくなかった。
 彼の故郷アイケンの町とその周辺エリアは、経済的困窮などの理由により、小学校に入学するまでの間に何一つ教育を受けられない0歳から5歳までの子供たちが1万人以上もいると言われている。
 「プロゴルファーとしてのキャリアを歩み出して以来、この地域の子供たちをサポートすること、そのための財団を創設してチャリティ活動を行なうことは、僕のパーソナル・ゴールになっている。子供たちみんなに輝いてほしい」
 それがキスナーの願いであり、あの動画は、その活動資金を集めるための最初の試みだったそうだが、初めての試みゆえに方法と演出を誤ってしまったようだ。
 しかし、モノゴトはトライアル&エラーを繰り返しながら前進していくものだと考えたキスナーは、今度はもっと堅実な方法を取ろうと心に決めた。
 そして、翌2017年に活動基盤となる「ケビン&ブリタニー・キスナー財団」を愛妻とともに設立。その財団が主宰する形式でチャリティ・コンサートを企画。知り合いのミュージシャンや音楽バンドに声をかけ、出演してもらうことができた。そのおかげで想像以上の人数が集まり、いきなり18万ドル(約1980万円)のチャリティ収益が得られたそうだ。
 「よし!今こそ、今度こそ、アグレッシブに進むべきときだ!」
 自信を膨らませたキスナーは、2度目のチャリティ・コンサートを昨年11月に拡大バージョンで企画。
 出演を依頼するミュージシャンを増やそうと声をかけたら、2つのバンドが快諾してくれた。
 米ツアーの選手仲間にも声をかけてみたら、ジャスティン・トーマスやザック・ジョンソン、スチュワート・シンクといったメジャーチャンピオンたちが、みな快く参加してくれた。

責任感の強い大人に育てたい

 キスナーいわく、「子供たちを一時的に援助するだけでなく、子供たちを責任感の強い大人に育てるための手助けがしたい」。
 そのためには、お金や衣食住を単にサポートするだけではなく、フィットネスは地元のスポーツジムと、健康は地元の病院と、教育は地元の学校と、それぞれ協力し合い、連携しながら多角的に子供たちを支えていきたいとキスナーは言う。
 「ゴルフはもちろんのこと、スポーツに参加する機会をたくさん作ってあげたい」
 そうやって育てていくことで、地域の子供たちがどう変わり、そのコミュニティそのものがどう変化してくか。それが、とても楽しみだと、キスナー夫妻は目を輝かせる。
 すでにキスナー財団は、地元の病院へ「ミルクを供給するプロジェクト」の費用として1万ドルを寄付した。子供たちが集まる施設へ「送迎バス購入費」として2万ドルを寄付した。
 わずか2年で10団体以上をサポートし、何百人もの子供たちを少しでも前進させることができた。
 そんな選手だからこそ、「ケビン・キスナー」の名前と存在感は、どんどん大きくなりつつある。