記事・コラム 2018.03.15

ゴルフジャーナリストが見た、プロゴルファーの知られざる素顔

【第9回】ベン・クレーンの終わりなき社会貢献

講師 舩越 園子

フリーライター

東京都出身。早稲田大学政経学部卒業。
百貨店、広告代理店勤務を経て1989年にフリーライターとして独立。93年渡米。

在米ゴルフジャーナリストとして新聞、雑誌、ウエブサイト等への執筆に加え、講演やテレビ、ラジオにも活動の範囲を広げている。

『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。

アトランタ、フロリダ、NY、ロサンゼルスを経て、現在は日本が拠点。

 ゴルフ好きで米国ゴルフ情報に通じている方は、もしかしたら覚えているかもしれない。2012年ごろ、『ゴルフボーイズ』というラップバンドが米ゴルフ界で大きな注目を集めた。
 なぜ、ゴルフの世界で音楽バンド?その答えは、4人のバンドメンバー全員が米ツアーの有名選手だったからだ。
 アメリカの国民的人気を誇るリッキー・ファウラー。米ツアー屈指の飛ばし屋、バッバ・ワトソン。ジュニアゴルフとカレッジゴルフを席捲し、鳴り物入りで米ツアーにやってきたハンター・メイハン。そして、その3人と比べると少々地味なベン・クレーン。
 彼ら4人が奇抜な衣装をまとい、ラップ調の歌と踊りを披露したデビューシングル『Oh-oh-oh(オーオーオー)』はユーチューブにアップされるや否や、瞬く間に全世界へ広がった。
 なぜ、彼らはラップバンドを組んで歌と踊りを披露したのか。発案した“言い出しっぺ”はクレーンだった。
 日頃から社会貢献に熱心なクレーンは、プロゴルファーとして試合会場で過ごす時間の中でも社会のために何かできないものかと考え、まず思いついたのは、自分がジムでトレーニングしている様子を動画に撮り、人々に公開することだった。ユーチューブにアップして再生回数に応じて収益が得られれば、それを寄付することができるのではないかという発想だった。
 いざ、やってみると、想像以上のアクセスがあった。選手仲間のファウラーやワトソン、メイハンらにその話をすると、「トレーニングシーンより、もっと目を引くことをやって、それを動画に撮ってアップすれば、ものすごいアクセス数になるのでは?」と話が発展。そうやって考え出されたのが『ゴルフボーイズ』だった。
 話を聞きつけて、米国の保険会社が資金援助を申し出た。本格的な指導者、振付師にも依頼して、デビューシングルをきっちりリリースするという話へさらに発展。歌詞を棒読みしても、その音声を特殊加工して見事なラップに変えてしまう近代技術も活用。踊りのほうは生来の運動神経の良さが役立ったのだろう。付け焼刃の練習だったとは思えないほどの出来栄えになり、4人がプロゴルファーであることを知らない人が見たら、歌って踊れる新進のラップバンドだと信じて疑わなかったはずだ。
 そうやって完成され、リリースされたデビューシングル『Oh-oh-oh』は、ユーチューブで600万ヒットを記録。そこから得られた収益の全額が全米の被災地などへ寄付された。

もらった分を返し切れない

ツアーきってのナイスガイとしてみんなから慕われているベン・クレーン。米ツアー通算5勝を挙げた実績の持ち主だ(photo: 舩越園子)

 クレーンとは一体どんな選手なのかをご紹介しよう。オレゴン州ポートランドの出身。1999年にオレゴン大学を卒業後、下部ツアーを経て2002年から米ツアーで戦い始めた。近年は怪我もあって成績は低迷しており、41歳になった現在は世界ランキング400位を下回っている。
 だが、2003年から2014年までに米ツアー通算5勝を挙げた実績の持ち主。一時期はツアー屈指のスロープレーヤーというレッテルを貼られたこともあったが、それにも関わらず、ツアーきってのナイスガイとしてみんなから慕われている。
 そんなクレーンが今年、GWAA(全米ゴルフ記者協会)が選出するチャーリー・バートレット・アワードの受賞者に選ばれた。この賞は社会に対して多大なる貢献をした選手や人物に贈られるものだ。
 実を言えば、クレーンが自分のトレーニングシーンの動画や『ゴルフボーイズ』による収益を寄付することを思いつき、実施したのは、彼の歩みの中ではむしろ特別で、彼は日々、さまざまなチャリティ活動に地道に取り組み続けている。
 愛妻とともに「ベン&ヘザー・クレーン財団」を設立。毎年開催しているチャリティ・トーナメントでは、これまで総額300万ドル以上を集め、社会に役立てられている。
 クレーンが手を差し伸べているのは文字通り、老若男女を問わず、すべての人々だ。子供の性的虐待撲滅に力を尽くし、両親のいない子供たちのアフタースクール・プログラムを献身的にサポートしている。経済的に恵まれないカレッジゴルファーも援助し、きれいな水が得られない地域に水供給を支援する活動にも参加している。
 故郷オレゴン州にとどまらず、ハリケーン被災地のルイジアナ州やテキサス州、ときにはカンボジアやエルサルバドルにも試合の合間に自ら出向き、何かに苦しんでいる人々に寄り添っている。
 米PGAツアーが掲げるスローガンは「ギビングバック(社会還元)」。チャーリー・バートレット・アワード受賞の知らせを受けたクレーンは、そのスローガンに触れながら、こう言った。
 「僕はPGAツアーで戦って生計を立てることができている。それはとてもラッキーなこと。ギビングバックを掲げるPGAツアーのメンバーとしてプレーできることは、とても光栄である。
 僕がこの世に生まれ、プロゴルファーになり、PGAツアーにデビューして、これまで社会からもらったものは果てしない。僕が生涯をかけて、どれだけギビングバックに努めても、僕がもらった分を社会に返し切れることはない」
 だから、これからも、これまで以上に社会貢献に取り組んでいきたいとクレーンは言う。

雨に濡れる人にも傘や車をシェアする

 そう言えば、数年前、ある試合の途中で突然の豪雨に見舞われ、試合は一時中断。選手やキャディは避難用の車に乗せられてクラブハウスへ引き上げ始めた。たまたまコースの一番奥手にいた私は、ずぶ濡れのまま一人で歩いていた。
 「おーい、乗って乗って!」
 メディアの私にも、そんな声をかけてくれたのはクレーンだった。「あと一人、まだ乗れる。乗せられるなら乗せてあげたい」
 なるほど、雨に濡れる人に傘や車をシェアすることでもいい。ラップバンドを結成し、収益を寄付することでもいい。財団設立、チャリティ・トーナメント、ボランティアワーク。形は何であれ、助けられることがあるのなら何でもやる。「それでも到底、もらった分を返し切れないけど」と思いながら――。
 そんなクレーンの受賞に異を唱える人は皆無だ。