記事・コラム 2017.05.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第十四回】世界の火薬庫中東と東アジアートランプ外交から読み解く国際情勢の裏側

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

対シリアミサイル攻撃から見えてくるもの

4月4日、シリア反政府支配地域で化学兵器サリンが使われた。子どもを含む多くの市民が、毒ガス兵器特有の症状でもがき苦しみ犠牲となった。これに激怒したトランプ大統領は、6日に2隻の駆逐艦から59発のトマホークミサイルをシリア空軍基地に打ち込ませた。

サリン攻撃をしたのは一体誰なのか?

アサド政権がサリンを使って攻撃をした証拠をアメリカはいくつか握っているようだ。
イスラエルの新聞によると、元シリアの化学兵器戦担当だった亡命将軍が、アサドは未だに数百トンのサリンを貯蔵していると証言している。この将軍はザハル・アル・カット准将で、2013年に某国に亡命するまで、第五師団の化学兵器担当責任者だった。彼はアサド大統領から三度にわたってサリンの使用を命じられた。だが彼は水で希釈して被害を限定的なものにした。被害者の数が少なかったためアサドから疑いをかけられ、息子までが拷問にかけられるようになった。それで亡命したと言うのである。これらのサリンは、表向きは全て廃棄されたと申告されているが、実際はその半分の量がホル山地下深くの貯蔵設備に管理されているという。

シリアは、ロシアに無断でサリン攻撃を行ったのか

ロシア側はアサド政権軍のサリン使用を事前に把握していた、とアメリカは結論づけている。というのは、負傷者が搬送された病院の上空にロシア軍の無人偵察機が飛行し、被害状況を観察していたからだという。だからこそ国務長官のティラーソンは「ロシアは、共謀していたか無能だったのかのどちらかだ」とまで言い放ったのだ。表には出ていない動かぬ証拠を、アメリカ側は握っているようだ。

なぜアサド政権はサリン攻撃に踏み切ったのか

シリア内戦はこの3月で7年目に入った。政府軍が形勢有利とは言え、戦費のために国家財政が限界にきているのだ。
実は、化学兵器は費用対効果で絶大な威力を発揮する代物なのだ。これは1度に大量の死傷者を生み出す無差別兵器だ。そのために、心理的効果が高く、敵兵に恐怖心を植え付けることができる。戦意喪失に絶大な効果を発揮する。そしてなんといっても、生産コストが安いのだ。材料の入手も容易で、簡単な技術や設備で大量生産することができる。シリアの場合は、新たに作るまでもなく既に貯蔵されているものを使えばよいのだ。アサドはこの禁断の兵器を使用する誘惑にあらがえなかったのである。

これはアサドを支援しているロシアについても言えることである。現在ロシアは、シリア内戦のために一日あたり百万ドル以上の戦費を余儀なくされている。さらにクリミア半島併合以来、隣国のウクライナと戦争状態になっている。つまりロシアは二正面戦争を戦っているのだ。原油安、ルーブル安、西側からの経済制裁と言う三重苦でロシア経済はすっかり弱り切っている。原油高時代に積み立ててきた900万ドルの資金は、すでに残り3分の1となっていると言われている。ロシアもまた、消耗戦に疲れているのだ。

アメリカはシリアを戦場にしてロシアとわたりあうことになるのか

アメリカは、泥沼状態に陥っているシリアに、自ら関わっていくつもりはない。もっと初期の段階では、やれることも他にあっただろう。内戦がここまで深刻化した現在、アメリカにできる事は限られている。トランプは、ロシアを使ってシリアの内戦問題を片付けるつもりだ。だからこそ、ミサイル攻撃の2時間前にロシア側に攻撃を通知し、被害が出ないように配慮している。また攻撃の5日、11日~12日にかけて、ティラーソン国務長官がロシアを訪問している。これは就任後、初のロシア訪問だ。ロシア側もこの訪問を受け入れている。ロシアのラブロフ外相と会談した後、彼はプーチン大統領と2時間にわたって会談している。

アメリカのミサイル攻撃の目的は何か

第一に、オバマ政権との違いを見せつける事だ。オバマ時代の8年間、中東におけるアメリカのプレゼンスは後退に次ぐ後退だった。その理由は、オバマ大統領が軍事力を使うことを徹底的に手控えたからだ。

第二に、アサド政権に化学兵器の使用を本気で断念させるためだ。表沙汰にはなっていないが、アサドはシリア全土の50カ所以上でサリン攻撃をした可能性がある。その証拠をティラーソンはロシア側に突きつけたと言われている。化学兵器の使用に平気になった独裁者ほど、恐ろしいものはない。特にイスラエルはこの事に神経をとがらせている。地中海の駆逐艦からトマホークミサイルが発射された時、最短距離でシリア空軍基地に打ち込まれたのではなかった。ミサイルは一旦南下し、イスラエルの上空を飛び、そこから北上して問題の空軍基地に打ち込まれた。1つには、ロシア空軍基地の上空を通過しないためだ。だがもう一つ裏のメッセージが隠されている。シリアがロシアと共謀してサリンを使うならば、アメリカはイスラエルと共に徹底攻撃をすると言うメッセージなのだ。

第三に、アジアにおけるシリアの同盟国だった北朝鮮への警告だ。このミサイル攻撃については、米中首脳会談の最中に、トランプから習近平に伝えられた。アメリカにとって死活的問題の解決については、単独でも思い切ったことをすると言う意思表示だ。シリアの後見人ロシアの鼻先に、ミサイル攻撃を躊躇しないトランプの選択は、習近平に確かに届いたことだろう。だから中国はその持てる影響力を行使して、北朝鮮の核・ICBM開発を断念させるために動く。ただし、中国にできる事はそんなに多くはない。確かに中国は北朝鮮に石油を供給している。だが、中国がその供給を止めるならば、すかさずロシアが北朝鮮を助ける。この厄介な北朝鮮と言う国は、厄介であるがゆえに大国を牽制するための駒になるのだ。

アメリカによる北朝鮮空爆は近日中にあるか

私は、4月の中旬から約10日間、韓国で取材をしていた。韓国の国内は、全く緊張感がなかった。原子力空母カールビンソンが接近していても、平壌で大規模軍事パレードが行われていても、市井の人たちの間ではほとんど話題にもならなかった。朝鮮戦争停戦状態が50年以上続いて、異常事態に慣れきってしまっているようだった。分析官の1人が言った。「韓国には、在韓米軍兵士以外に、その家族が15万人住んでいます。彼らに対して、退去・避難命令が出ていません。アメリカが本気で攻撃をするときには、真っ先に韓国在住のアメリカ民間人の安全を図ります。今はその気配が全くない以上、北朝鮮攻撃はないと言うことです」

どうやら、戦争の印はアメリカ人の動向に注目すれば良いと言うことのようだ。