記事・コラム 2017.04.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第十三回】中東の勢力地図を一変させる新三国同盟

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

今までの常識ではありえないロシア、トルコ、イランの新三国同盟

今、中東で面妖な三国同盟が存在感を発揮している。ロシア、トルコ、イランの結びつきである。今年(2017年)の1月、カザフスタンの首都アスタナで、この3カ国が中心となってシリア和平問題の解決に向けて動き出した。この3カ国が中心となった和平会議は、どんな国際会議よりも今後、シリアの行方に決定的な影響力を持つ。シリア内戦を戦っている三大当事国であるからだ。同盟の仕掛け人は、ロシアのプーチンである。だがこの組み合わせは、今までの常識ではありえない結びつきだ。

トルコが天敵ロシアと手を組んだ原因は昨年のクーデター未遂事件

トルコにとってロシアは、天敵中の天敵国家である。

  1. ①トルコは過去にロシアと12回も戦って10回敗北している。そして負けるたびに、領土を削り取られてきたのだ。
  2. ②トルコは、ロシアから身を守るためにもNATOに加盟している。NATOは、ソ連の後継国家であるロシアに対する集団的軍事同盟である。
  3. ③シリアをめぐってトルコとロシアは敵対関係にある。ロシアはシーア派系のアサド政権を支援している。アサド政権は、建国以来親ソ連、ロシアの独裁国家だ。シリアはロシアに空軍基地と海軍基地を提供している唯一の国である。同時に、長年にわたって国民の8割を占めるスンニ派アラブ人を虐げてきた。それに対抗するため、中東におけるスンニ派大国のトルコは、アサド政権を倒すために、反政府軍を支援してきた。

このトルコが、苦手なロシアと手を結んだのはなぜか。
2016年6月のトルコ・クーデター未遂事件の後、エルドアン大統領は反対派を大粛清し、独裁主義の道をひた走るようになった。これが原因で、現在トルコとEUの関係は最悪である。これまでも、トルコは何とかEUに加盟するために、涙ぐましい努力を積み重ねてきた。EU加盟の条件を満たすために、憲法まで改正した。だが結局は、EUは決してイスラム大国のトルコを仲間として受け入れる事は無いのだ。エルドアン大統領は、このことを根に持っている。このトルコに対して、プーチンはビッグプロジェクトをプレゼントした。それはロシアとヨーロッパ諸国を結ぶ天然ガスのパイプラインを、トルコ経由にする大事業だ。従来、ロシアの天然ガスは、ウクライナ経由でヨーロッパ各地に送られてきた。現在、ウクライナと対立状態にあるロシアは、ウクライナを干すために新しいパイプラインを建設することにしたのだ。プーチンが話を持ちかけたのはトルコだった。トルコがこの話に乗らないわけは無い。パイプラインがトルコを経由することによって、トルコはヨーロッパのエネルギー配給地のハブになることができる。ヨーロッパに対して強力なカードを持つことになる。

ロシアはトルコを自陣に引き入れることでNATOの結束を乱したい

ロシアにとっても、トルコを引き入れることがメリットとなる。

  1. ①シリア反政府軍に加わるイスラム原理主義者は、トルコ経由でシリアに流入する。アサド政権を保持したまま戦争を終わらせるためには、反政府軍を衰退させる必要がある。そのためにはトルコが国境管理を厳密にしさえすればよい。それによって、外部からの敵対勢力が入り込めなくなるからだ。
  2. ②NATOの結束を乱すことができる。トルコは、NATO軍の中でもロシアに対する最前線基地である。このトルコがロシアに協力的になるならば、NATO内部の混乱は必至である。

ロシアに弾圧を受けてきたイランがそれでも手を組んだ理由とは

イランにとってもロシアは敵性国家である。

  1. ①イランは、19世紀に起こった二回のロシア・ペルシャ戦争の結果、グルジア(ジョージア)、アルメニア、アゼルバイジャンを失っている。イランはトルコと同様、ロシアの領土的な野望を常に意識し続けてきた国家なのだ。
  2. ②ソ連時代においては、共産主義無神論イデオロギーのもとで、ロシア国内のイスラム教徒たちは大弾圧を受けてきた。中東のイスラム教シーア派大国イランが、このことを忘れるはずがない。

だがロシアとイランは、急接近している。イランにとって、ロシアと組むことにどのようなメリットがあるのだろう。

  1. ロシアと結ぶことで、世界中から受けてきた経済制裁の抜け道を確保することができるのだ。イランは約10年前から、核兵器開発を疑われるようになった。IAEAは、イラン国内に核査察を行ったが、イラン当局は幾度も妨害活動を繰り返し、査察官を追放してきた。核開発疑惑が深まるにつれて、国際社会はイランに厳しい経済制裁を課した。これに助け舟を出したのが、プーチンである。ロシアも、クリミア半島占拠事件以来、経済制裁を受けている。この2つの国は、ドルではなくルーブルとリアルを決済の手段とすることで、西側の銀行を経由せずに貿易額を増やしてきた。世界がこの両国を制裁で追い詰めれば追い詰めるほど、ますます結びつきが強くなっていったのである。
  2. イランは、ロシアの核の傘に入ることによって、アメリカからの攻撃を心配せずに、中東世界で大胆不敵な活動を進めることができる。イランへの軍事攻撃は、ロシアの反撃を呼び起こすとなれば、一体どこの国がイランに介入することがあるだろう。イランは、ロシアの後ろ盾を得ることによって、恐れ知らずの行動に出ることができるようになったのだ。

ロシアがイランを取り込む狙いとは?

ではロシアにとって、イランを取り込むことにどんなメリットがあるのだろう。
自国の兵士の犠牲を最小限にして、アサド政権を支える戦いに勝利することができるのだ。戦争の最終決着は、21世紀になっても変わらない。それは地上軍による領土の掌握である。今のシリア内戦では、アサドのシリア政府軍が、次から次へと重要都市を取り戻している。まさに破竹の勢いである。ところでシリア政府軍の正体は、一体誰なのか。シリア兵か?かつてシリアには25万人の正規軍があった。だが現在シリア人兵士は多く見積もって3,000人、シリア人将校は300人足らずだと言われている。24万人以上いたシリア軍人は、もはやシリアにいない。戦死者もいるだろう。だが、大半は同じ国民を殺すことに嫌気がさして、難民として国外に逃れていったと言われている。では現在戦っているシリア軍は誰なのか。イラン革命防衛隊と彼らがアフガン、イラク、レバノンなどから連れてきたシーア派民兵たちなのだ。確かにシリアの軍服を着て戦っているので、シリア軍に見える。しかしその中身は、イランの差し金による外国人部隊なのだ。今ではその数13万人に達すると言われている。彼らの指揮をとっているのは、イラン革命防衛隊のスレイマニ中将である。これではアサドも、生きた心地がしないにちがいない。だが放っておくと、シリアでイランが強くなりすぎるのだ。

国際関係における同盟には友情などない

だからこそ、プーチンはトルコ仲間に引き入れたのだ。トルコはイスラム教スンニ派大国である。イランはイスラム教シーア派大国である。両国は、潜在的なライバルなのだ。この両国と話がつくロシアは、トルコを使ってイランを牽制し、イランを使ってトルコを牽制する。そしてイランもトルコも、そのことを見抜いた上でこの同盟に加わっているのである。このように国際関係における同盟には、友情などありはしない。あるのは国益の追求だけなのだ。
日本もよく目を見開いて、国際関係のリアリズムを学ぶべきだ。日本の安全保障は日米同盟があるから安泰などと呑気なこと言っていては、21世紀は生き残れないだろう。