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ヒズボラを使ってレバノンを支配するイラン
レバノンにヒズボラという政治組織がある。イスラム教シーア派の集団である。レバノン国会128議席中、わずか12議席の少数政党だ。しかしレバノンを真に支配しているのはこのヒズボラなのだ。なぜならヒズボラの軍事組織の実力は、レバノン国軍をはるかに上回るからだ。誰も彼らを抑える事はできない。彼らはレバノンのためには戦わない。レバノンをイランのようにするために戦うシーア派戦闘集団なのだ。
ヒズボラが勢力を伸ばしてきたのには理由がある。潤沢な資金で、気前の良い経済支援をするからだ。
金のなる木を持つイラン
2006年にイスラエルの空爆で、ベイルートだけで1万5,000軒の家が破壊された。ヒズボラは間髪を入れずに、1家族につき1万2,000ドルの支援金を配布した。彼らは2億ドルものキャッシュを瞬く間に配布した。貧しい国の一政党がこれらの資金をどこから入手したのだろう。イランだ。しかしイランは、これらの資金をどのように手当てしたのだろう。
アメリカ財務省では、イランが100ドル札の偽造紙幣を製造しているとにらんでいる。世界の基軸通貨であるUSドルは、偽造すればもっとも利益の出る紙幣である。2015年末の時点で、世界中に約1兆3800億ドルの紙幣が流通していた。そのうち100ドル札の流通総額は、1兆800億ドルだった。したがって世界には、100ドル札が108億枚流通していることになる。このうち半分以上はアメリカ以外で流通しているのだ。90年代から偽ドル史上最も精巧な「スーパービル」は、レバノンで多数発見されるようになった。なぜか。
タブーなきイランの秘密工作
世界には約210ほどの国がある。そのうち自国で紙幣を印刷してるのは60カ国ほどである。残りの150カ国は、外国に自国紙幣を注文している。さらに自国で紙幣を印刷している国であっても、印刷機そのものは海外から輸入したものがほとんどだ。アメリカも例外ではない。実は紙幣を専門に印刷する機械は、世界でも数社しか作ることができない。日本の紙幣製造は、小森コーポレーションの印刷機による。だが世界シェアの90%は、スイスのジオリ社の凹版印刷機だ。デザインは印刷版に刻まれ、その彫込にインクを流し込み、1平方センチメートルに50トンと言う凄まじい圧力を上から紙にかけて印刷するのだ。インクは圧縮されて固まり、たとえ洗濯機の中でかき回わされてもはげ落ちることがない。通常このような印刷機は、政府機関にしか販売されない。偽札作りを未然に防ぐためである。イランはこの印刷機を、アメリカの同盟国時代に二台スイスから導入した。それはアメリカがドル札を印刷している機械と同じものなのだ。その後、革命政府はこの印刷機を引き継いだ。イランは二台のうちの1台を、北朝鮮に譲り渡したと言われている。(シークレット・ウォーズ p280 並木書房)
スンニ派と手を結ぶシーア派国家イラン
80年代前半、スーダンはイランに次いでイスラム原理主義政府を樹立した世界で2番目の国になった。世界が残忍なスーダン政府から身を引く中、イランはすぐにスーダンの新政府に石油の提供と開発援助を申し出た。
90年にはイランとスーダンの外交関係は大使レベルに引き上げられた。最初の駐スーダン大使はアリ・アクバル・モラタシェミ・ポールである。この男はその前に駐シリア大使を務め、隣国レバノンにヒズボラを創設した人物だ。そんな人物をスーダンに送り込んだ意図は明らかである。アフリカにもイランの衛星国を作ろうとしたのだ。首都ハルツームには数百人のイラン革命防衛隊が駐屯した。彼らは世界中から逃れてきたイスラム原理主義テロリストたちをかくまった。そして彼らを戦闘員として訓練したのである。
ところでスーダンのイスラム政権はスンニ派だ。シーア派のイランとは、犬猿の仲であるはずだ。だからイランの接近は不可解なことのように思えるかもしれない。だが、イランには深謀遠慮があった。世界のあちこちにいる過激派イスラム教徒の行動は、イスラム法学者のファトワ(宗教法令)に支配されている。しかし、いくらイランのシーア派指導者がファトワを布告しても、耳を貸すのはシーア派ムスリムたちだけだ。スンニ派ムスリムは、スンニ派の指導者によるファトワでなければ、決して服従することはないのだ。だからこそスーダンの宗教的権威と通じておくことが重要なのだ。
世界のテロ組織と協力関係を結ぶイラン
このスーダンには、後に世界中を驚愕させる2人のテロリストが亡命してきた。アルカイダのNo.1オサマ・ビン・ラーディンとNo.2のアイマン・ザワヒリである。
ザワヒリは、エジプト人のエリートだった。アラビア語と英語とフランス語を流暢に話すことができた。カイロ大学医学部を卒業し心理学・薬学も修めていた。しかし、サダト大統領を暗殺したジハード団に所属していたため、3年間の懲役を終えた後も、徹底的に監視されていた。エジプトの諜報機関の厳しい弾圧を逃れてスーダンに流れ着いた彼を、金銭的に全面サポートしたのはイランだったのだ。
ビン・ラーディンは、サウジアラビア政府を激烈に批判したため、国外追放処分を受けた。彼は、多国籍軍の異教徒たちが、湾岸戦争を戦うために、聖なるアラビア半島に駐留することをどうしても許せなかったのだ。彼にとっての敵は、多国籍軍だけではなく、それを許可したサウジアラビア王家だった。厄介者のビンラディンを、喜んで引き受けたのはスーダンとそこに訓練基地を築いていたイランだったのだ。イランにとっても、サウジアラビアは宿敵であったからだ。彼らは、スーダンを出てアフガニスタンに入ると、恐るべきテロ計画を命令した。
ハイジャックされた旅客機が、乗客乗員もろとも世界貿易センタービルやペンタゴンに突っ込んでいったのだ。これは、無警告、無差別、大量殺戮のテロと言う点で弁解の余地のない絶対悪である。立案者は、ザワヒリだった。彼には、アメリカにより2500万ドルの賞金がかけられている。ところでビン・ラーディンには、4回の結婚歴がある。彼には22人の子供がいる。この9.11アメリカ同時多発テロ後、彼の子供たちの多くはイランに亡命している。イランは、アルカイダの影の協力者だった。
豹変するアメリカに備える
だからアメリカは、長年にわたって宿命のライバル国家であるサウジアラビアと宿敵イスラエルを活用して、イランを抑え込んできた。アメリカにとっても、サウジアラビアとイスラエルにとっても、イランは共通の敵だった。だがオバマ大統領は、伝統的同盟国を冷遇し、従来の潜在敵国に歩み寄っている。このズレはどこから生じたのだろう。アメリカの戦略目標が変わったのだ。今やアメリカの最優先課題は、イスラム国を追い込んで絶滅させることだ。それ以上の事は、アメリカの国力を無駄にすることだと考えているのだ。シリアが化学兵器を使おうが、イランがシーア派ネットワークを広げようが、どうでもよくなっている。それどころか、イスラム国討伐に役立つなら、イランと国交正常化することも視野に入れている。
これからのアメリカは、従来の戦略を脇において豹変する可能性が常にあると言うことを、われわれは肝に銘じておかなければなるまい。