記事・コラム 2016.09.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第六回】オスマン帝国の復興を目指すエルドアン大統領

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

トルコクーデター未遂事件の裏事情

世界有数の親日国のことを悪く言うのは気が進まないものである。
だがこの国の将来が、これから世界に与える影響を考えると見逃すわけにはいかない。
トルコのことである。
7月15日、トルコでクーデター未遂事件があった。
エルドアン大統領は、自らのことを、暴力的勢力から民主制度を守る正義の味方であるかのように振舞って見せた。だが、このクーデターを呼び起こしたのは、彼自身がトルコの民主的システムの破壊者であったからに他ならない。

エルドアンが抱える2大致命傷

2年前に、彼は大統領宮殿を建設した。大統領官邸は、ホワイトハウスの30倍以上の広さを誇り、部屋数だけで1,150室あると言われている。隣接する土地には、家族が住む居住空間を建設中で、客間だけで250室もある。毒見役だけで5人もいる。さらに4,000人収容可能なモスクを建てている。建設費は日本円にして700億円をはるかに超えると言われている。この巨大建造物を、法的な根拠もなく自然公園の真ん中に税金で建て、自分の手下とも言うべき閣僚たちを集めて閣議を開いて国家の方向性を決めている。これは大問題である。
そもそも、議員内閣制のトルコでは、行政権のトップは首相にある。閣議を開くのも首相の専管事項である。大統領は国璽行為にのみ専念するお飾り的存在なのだ。2003年から首相を連続三期務めた彼は、法律上再選できないのだ。そこで大統領に鞍替えし、後任の首相には操り人形を指名する。法的には権限のない大統領が、影の首相として国を動かしているのだ。

目に余る大統領の横暴を批判してきた新聞社は、廃刊に追い込まれ、多くのマスコミ関係者はスパイ容疑で逮捕されている。そんなエルドアン大統領が、クーデター直前に、無視できない反撃を受けていた。それは大統領の学歴詐称疑惑である。
トルコの法律では、4年制大学卒業者だけが大統領に就任できる。エルドアン大統領は、1981年にマルマラ大学の行政・政治経済学部を卒業し学位を得たことになっている。だが彼が学んだ教育機関は、83年になってマルマラ大学に編成された。彼が卒業したときには、カレッジであって4年生大学ではなかったのだ。元検察官のオメル・エミナガオグル氏はアンカラの検察当局に大統領辞任の申し立てをしていた。これは複雑な疑獄事件ではない。調べればすぐにわかることである。エルドアン大統領は、窮地に立っていたのだ。

トルコには賄賂受付窓口がある

正式名称は「トルコ青年教育福祉財団」と言う。
この財団の最高顧問はエルドアン氏の実子、ビラル・エルドアンと娘婿のアルバイラクである。イスラム国が支配するシリアの地域には、貴重な古代文明の遺跡がある。IS は、これらの遺跡を爆破したが、一部の考古学的遺跡物や財宝についてはトルコ経由に密売していた。ベラル氏は、これら盗掘品の密売に関わる黒幕だと言われている。またアルバイラク氏は、トルコのエネルギー大臣である。IS は、シリアの支配地域で取れた石油を、格安でトルコに横流ししていたと言われている。これらの石油は、エネルギー大臣の黙認の下でトルコの輸出品として転売されていったと言われている。運搬に使われたのはビラル・エルドアンの所有する海運会社BMZ社だと言われている。これらの事を暴いたのは、ロシアのプーチン大統領である。もしこれが事実であるならば、国際社会共通の敵であるIS の外貨獲得手段に、エルドアンファミリーが関わっていたと言うことになる。

エルドアン氏がギュレン氏を目の敵にする理由

クーデター未遂失敗の直後、エルドアン大統領はアメリカに亡命中のギュレン氏の身柄引き渡しを要請した。91年からアメリカ住まいの老人を、彼は心底恐れている。ではギュレン氏とは、何者なのだろう。トルコ最大のイスラム団体「ギュレン運動」の精神的リーダーである。
イスラム団体といっても、決して過激な組織ではない。むしろその対極にある考え方をする団体なのだ。つまり現世の民主主義、市場経済社会と調和する開かれたイスラム世界を目指すと言う考え方なのだ。
そのような社会実現のために、ギュレン運動は人材育成に力を注ぐ。
国内の有名大学への進学率が高い優秀な私立高校、有力予備校、進学塾等を手広く経営している。その数は2千校を超えると言われている。そのほとんどの学校は、全寮制で寮長たちもギュレン運動の教師たちである。日本で言うなら、開成高校、灘高、ラサール高および駿台予備校、河合塾、Z会を経営しているようなものである。ギュレン運動の教え子たちは、有力大学を卒業すると、その多くは政府機関や行政機関に入る。特に、警察と検察に多くの人材を送り出しているのである。そしてこのことこそは、エルドアン大統領がギュレン運動を恐れる理由なのだ。
ギュレン運動出身者である警察や司法当局は、昨年の12月に政府の汚職捜査に踏み切った。その結果3人の閣僚が、辞任した。捜査過程でクローズアップされた団体が「トルコ青年教育福祉財団」だった。身の危険を感じたエルドアンは、汚職捜査に「クーデターの企み」と言うレッテルを貼り付け、捜査に関与した警察官と検察官350人をクビにした。

エルドアンは、クーデター失敗を反対派粛清の口実として最大限に利用している。事件に関与したとして軍とともに、警察及び司法関係者たちが約6万人逮捕監禁、解雇された。またギュレン運動の教育機関は全廃された。

それでもエルドアン氏を支持する人々が多数派を占める理由

エルドアン氏は、13年間でトルコ経済のGDPを3倍以上に伸ばした。経済的に成功したという事は、大きなポイントである。しかしそれ以上に彼が支持される理由がある。
近代トルコは、政教分離の国是の下、90年間政教分離が徹底された国であった。国民のほとんどがイスラム教徒のトルコで、イスラム色を前面に押し出すことが禁じられていたのである。この時代において、イスラム主義者たちは日陰者扱いをされてきた。今までの抑圧に対する反動こそ、エルドアン氏を支えるエネルギーなのだ。クーデター未遂失敗からの3カ月間、国家非常事態体制が敷かれている。彼は、窮屈な体制を国民に納得させるために、クルド人との戦闘を激化させるであろう。トルコはますます、エルドアンの手によってイスラム化して行くだろう。彼が最終的に目指すのは、オスマン帝国の復興である。そして憲法改正し、自らが終身のアメリカ型大統領となって、21世紀に復活したオスマン帝国のスルタンになることなのだ。

次の火薬庫は中央アジアから東アジアか

トルコでクーデターが起こった3日後の18日、カザフスタンの最大都市アルマトイで、内務省がイスラム系武装集団によって襲撃された。カザフスタンは、ソ連時代からの独裁者ナザルバエフ氏が、終身大統領として君臨する国である。中央アジアには、カザフスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンなど終わりがスタンで終わる国々が固まっている。スタンと言うのは、トルコの言葉で国と言う意味である。これらの国々は、すべてトルコ盟主とする兄弟諸国なのだ。彼らは皆、トルコ系の言葉で通じあうのである。これら中央アジアのトルコ系国家のリーダー格がカザフスタンだ。西の同族国家の盟主トルコと東の同族国家のリーダー、カザフスタンでイスラム化が勢いづくことで、中央アジア諸国で紛争が始まる可能性がある。これが東アジアに飛び火することも考えておかなければならない。なぜなら、長年中国政府によって弾圧されてきた新疆ウイグル自治区のウイグル人たちは、トルコ系民族であるからだ。