記事・コラム 2016.07.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第四回】トランプは大統領になるか-米国を動かす三大潮流を見よ

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

「思想信条の人」ではないトランプ氏

最近、講演後に必ず質問されるのは、アメリカ大統領選挙予測である。不動産王トランプが、共和党の大統領候補指名を確実にしたからだ。

「下品な言葉使いで現実離れした暴言を連発する人物が大統領本選まで生き残るとは、米国の良識はどうなっているのか」という質問にはこう答えている。「日本だって米国のことは言えませんよ。鳩山由紀夫を首相にしたんですから」

「過激なトランプの思想信条とは何か」という問いにはこう答えている。「トランプには実現したい思想も信条もありません。彼の頭の中にあるのは、勝ち抜くために潮目に乗ることでしょう」

彼は思想の人ではない。最終的に大統領選挙で勝つためには、主張してきたことをどんどん変える。だから、今の段階で彼が語った一言一句に一々反応して一喜一憂するのは無駄である。

以前、カーター元大統領は、ライバル共和党の公認候補としては(二位につけていた)テッド・クルーズよりトランプの方がよいと言っていた。
なぜならトランプには何の政治思想もないので、いくらでも妥協に応じることが出来ると言うのだ。

例えば大統領本選を意識し始めたトランプは、クリントンの政治信条を批判している。
だが、彼は7年前まで民主党員でクリントン夫妻の支持者で10回にわたって政治献金をしている。
三度目の結婚式の時には、クリントン夫妻を主賓として招いていた。
ヒラリー・クリントンの政治信条否定は、過去の自分自身の否定につながる。しかし、彼はそんなことは気にはしない。
今の自分の立場を肯定するためには、平気で意見を変えるのがトランプなのだ。

彼が気にするのは、時代の潮流である。潮の流れが自分を大統領に運んでくれると知っているのだ。

強いリーダーを求めるアメリカ

米国には今3つの潮流があるように思う。
第一に、強いリーダーを見たいという欲求だ。

20世紀で最も人気者の大統領は、レーガンだ。彼は現職のカーター大統領を圧倒して当選した。
スローガンは強い米国の復活だ。
カーター時代、米国はイラン革命で親米政権を失い、大使館人質奪還作戦は失敗に終わり、アフガニスタンはソ連に蹂躙されてしまった。
米国はすっかり自信を失ってしまった。
だから、強い米国の復活を語るレーガンは、重苦しいムードは吹き飛ばしたい国民の欲求と見事に合致したのだった。
今の米国の雰囲気は、カーター政権末期時代と似ている。

オバマ政権の8年間は、米国の実力をディスカウントした主張を繰り返してきた。
米国が世界の警察官を辞任してからと言うもの、世界は見通しの立たない時代に突入している。
こういう時代、弱いリーダーは好まれない。
今、世界を見渡して人気の高い政治家を上げると次のようになろう。
反対者をひねりつぶしてきたロシアのプーチン、
次期大統領候補の一番手フランスの極右政党党首マリーヌ・ルペン、
言論弾圧でスルタンを気取るトルコのエルドアン、
フィリピンの暴言王ドゥテルテ、
大統領の上に立つと宣言したミャンマーのスー・チー、
クーデターで権力を奪取したエジプトのシシ…。
共通するのは独裁者タイプだということだ。
世界は、平和的でくの坊よりも頼りになりそうな強面リーダーを求めている。
そして、おそらく一番それを渇望しているのが、米国人だろう。8年間も弱い大統領を見てきたのだから。

既存の政治的・経済的エリートに対する不信と怒り

第二の潮流は、既成のエリートに対する普通の人々の怒りだ。
米国の大企業の大半は、税率が極端に低いか、無税のタックスヘイブンを活用して、米国内の課税を逃れている。
個人のミリオネアもバミューダで蓄財に励み、まともに税金など払っていない。
金持ちは益々金持ちになり、貧乏人は益々落ちぶれる。
今や米国社会は、上位1%の超富裕層が99%の富を独占していると言われている。
何故ここまで格差が広がったのか?
冷戦時代は社会主義陣営との対抗上、西側世界でも積極的に富の再配分による社会的平等が図られていた。
だが、冷戦終了後は革命の心配が無いので、手加減のない市場中心に邁進するようになった。
非情である。
だから国民は、政治的経済的エリートを信用しない。
素人のほうが何かしてくれそうに思えてくる。
キャリアの長いプロフェッショナルの政治家には、手垢がついたイメージがある。
自民党総裁でありながら「自民党をぶっ潰す!」と叫んだ小泉元首相に、大衆に喝采を送ったのと似ている。
トランプは政治のド素人だ。それがセールスポイントになるのだ。

古い世界を脱し新世界を目指した、米国建国以来の価値観

第三の潮流は、米国建国以来の価値観だ。これは潮流というよりも海洋深層潮流が正確な表現になろう。
そもそも米国は英国を飛び出した移民第一世代のビジョンに建国の理想がある。
それは、神の国建設のための移住だった。

今から3500年前、エジプトで奴隷だったユダヤ人たちは、モーセをリーダーにして神がくださる約束の地に向けて旅立った。
自由の国に向かってエジプトを脱出したユダヤ人たちに、自分自身の姿を重ねて捉えたのが、米国建国の父たちだ。
彼らにとって英国をはじめとする旧大陸-ヨーロッパはエジプトだ。
そして、新たに足を踏み入れる米国大陸は約束の国だった。
彼らは、旧大陸のトラブルから解放されて自由に聖書の神を礼拝するために、海を渡ったのだ。
だから、独立戦争後の第一回目の国会では、独立米国の国語を英語からヘブライ語に変えようという動議がなされた。
ヘブライ語とは旧約聖書の原文に使われたことばだ。
彼らは、本気で神の国建設を理想としていた。
古い世界から分離して新しい世界を作るためにスタートしたのが米国だ。
だから、米国には深い深い歴史的潮流に、旧大陸から身を引いて行こうとする傾向がある。
トランプが、世界各地の安全保障負担から身を引こうとする呼びかけは、昔からの伝統的価値観に訴えるものがある。
だから、日本は自分の安全保障については、一層、自分の分を果たしていくことが重要だ。
少なくとも、小さな島々の防衛は自力で出来るように、法的にも、装備的にも整備する必要がある。
尖閣のような無人島まで、米国に守ってもらおうとしてはならない。
そんなことをすれば、トランプでなくとも「日本はわれわれに要求し過ぎだ」と考えるだろう。
それは日米同盟を弱めることになる。
日米同盟の危機は、米国孤立主義の引き金になりかねない。
米国孤立化は、自国利益の短期追求政策を呼び込むことになる。その先にあるのは最悪の世界だ。目覚めよ!日本!