記事・コラム 2016.06.01

高原剛一郎の専門家しか知らない中東情勢 裏のウラ

【第三回】核兵器信仰が広がる中東世界-日本の常識は世界の非常識

講師 高原 剛一郎

大阪ヘブル研究所

1960年名古屋出身。大阪教育大学教育学部卒業後、商社にて10年間営業マンとして勤務。
現在では大阪ヘブル研究所主任研究員として活動。イスラエル、中国を中心とした独自の情報収集に基づく講演は、財界でも注目を浴び、外交評論家としても知られている。

世界初の原爆被害者は米国の女子高生だった

人類史上初めて原爆による被爆者となったのは、米国人だった。米国は、ニューメキシコの砂漠で原爆実験をしたのだが、すぐ近くで女子高生たちがキャンプをはっていたのだ。実験翌日、空から舞い降りてくる白いパウダーを、ファンデーションみたいだとはしゃぎながら顔に塗りつけたのだ。14人中11人がガンで死亡、2人はガン発症、何ともなかったのは1人だけだった。降ってきたのは、死の灰だったのだ。米国も核の被害者なのだ。

歴史に名を残すべくオバマ大統領は、サミット参加で来日中に広島に訪問する方向で調整中だ。だが、謝罪しに来るのではない。日本人にとっては、原爆は民間人への無差別殺戮だ。だが、米国では原爆のおかげで終戦が早まり、多くの同胞の命が救われたという声が根強いのだ。そして、現実の国際政治でも、核兵器を究極の、頼りになる安全保障装置と考える国々が後を絶たない。

核兵器拡散の流れは止まらない?!

21世紀に入り、世界を核兵器拡散に向かわせる事件が2つあった。

第一は今から二年前に起こった。ウクライナに所属していたクリミア半島をロシアが武力併合してしまったことだ。
ソ連崩壊にともない、ウクライナは独立国になった。だがウクライナには1,900発もの旧ソ連製核ミサイルが配備されていた。
しかも一発のミサイルに複数の核弾頭が搭載されていた。だからウクライナは、一夜にして数千発の核爆弾を持つ世界第三位の核大国になったのだ。
そこで米英露は、核ミサイルの引き渡しを条件に自国所有の核兵器でウクライナの安全を保障すると約束したのが1994年。これが『ブダペスト覚書』だ。それから20年後、ロシアはウクライナに侵攻した。今こそ『ブダペスト覚書』が発動される時である。だが米英はウクライナのピンチを救わなかった。見殺しにしたのだ。
何故、米英は国家間の正式条約を反故にして核兵器を使わなかったのか? ロシアが核保有国だからだ。核保有国に核兵器は、使えないのだ。この顛末を目の当たりにして、いざという時に頼りになるのは紙切れ一枚の国際条約ではなく、核兵器だと考えるようになる国々が出てきたのは当然のことだ。

第二の事件はイランの核合意だ。原爆一個分の核物質を作り出すのに一年以上かかるようにし、代わりに経済制裁を解くというのだ。つまり、将来的にはイランに核保有の道を温存したのだ。これにより断固たる決意で核を持とうとする国を阻止することは誰にも出来ないと、世界の国々に思わせてしまったのだ。
今まで中東で核保有国が広がることがなかったのは、イスラエルが実力行使で核の保有を食い止めてきたからだ。
1981年6月、イスラエルはイラクの原子炉を、完成一年前に空爆で破壊した。戦闘機8機をレーダーに捕捉されない超低空飛行でイラク領空まで忍び込ませ14発の2千ポンド爆弾をぶち込んだのだ。空爆時間はわずか90秒。あまりの電光石火の早業に、イラク軍は反撃する間もなかった。もしこの作戦が成功していなければ、世界は核兵器を持ったサダム・フセインと対峙しなければならなかった。
2007年9月には、シリアの原子炉が完成を間近にして粉砕された。またしてもイスラエルだった。この核開発施設は、北朝鮮の核開発の専門家たちに指導されたもので、莫大な資金の提供者はイランだった。
イスラエルは裏づけとなる情報を全てブッシュ大統領に伝えた。米国にシリア原子炉を叩いてもらうよう働きかけたのだ。だが、ブッシュは応じなかった。既にアフガン戦争とイラク戦争を抱え込んでいた米国に、これ以上戦域を広げる余裕はなかったのだ。これについては、ブッシュ大統領の回顧録に書かれている。それでイスラエルは、自国の空軍を使って原子炉を破壊した。
核施設があった場所はデイル・アル・ズールである。トルコ国境に近く、現在イスラム国の支配地域だ。もし、空爆作戦が失敗していたら、原子炉がイスラム国の手に落ちていた。彼らが原子炉を自爆テロに利用したらどんなことになるだろう。考えるだけでも恐ろしいことだ。

イラクやシリアの前例を見てきたイランは、核開発施設を分散させた。地下深くに、あるいは地対空ミサイル陣地の真ん中に、あるいはイスラム教の聖地の中に建設した。空爆を困難にするためだ。
だがこれらの用心深さが、疑惑をますます濃厚にした。
2010年の夏、イランの核計画で使用されていたコンピューター数千台が、ウイルスに感染し管理されていた八千台の円心分離機は破壊された。サイバー攻撃を回避するため、ネットにつないでいないにもかかわらずである。ドイツのジーメンス(Siemens)社の社員が差し込んだUSBメモリが感染経路だといわれている。ここまで高度な攻撃能力を持つ国は、ごく限られている。しかし、イランはいかなる損害があってもあきらめなかった。そしてとうとう核合意を取りつけた。中東諸国は、イラン核保有を前提に動き出し始めている。湾岸諸国は、原発建設計画のラッシュである

原発産業に背を向ける日本と邁進する中東

日本では原発産業に明日は無いように思われている。だが世界では原発ブームなのだ。
核の拡散が始まった。中東は大動乱への積み立てを始めている。筆者は、イラク原子炉爆撃計画の指揮官、ラファエル・エイタン参謀総長にインタビューしたことがある。出撃前のパイロットたちにどんなことばを送ったのかを尋ねたのだ。「万一、撃墜されて捕虜になった時には、拷問を受ける前に知っていることは言いなさい。我々は健康な諸君と再会したいのだ」情報漏洩は死活問題ではありませんか?「確かに情報は大事だ。しかし、秘密基地の場所が漏れたら、密かに引っ越しすればよい。情報は新しい対応で陳腐化できる。イスラエルにとって情報以上に大事なのは、イスラエル人なのだ」国家としての強さの秘訣を見た思いがした。

「一人の人間を救う者は全世界を救う」(ユダヤのことわざ)