第4回　「手術のためのトレーニングで左手に箸を持って食事をしたりしました。」北里大学北里研究所病院　副院長　石井良幸先生

第4回　腹腔鏡下手術を究める

─ 国立がん研究センター研究所での研究を終えられて、大学に戻られたのですね。

私は一度、脳神経外科に所属していたこともあり、同年に大学を卒業して外科に入局した先生たちよりも3年遅れとなり、3年下の先生たちと同じカリキュラムに入りました。大学に帰ってみると、その先生たちの中では私は一番年上ですから、やりやすかったですね。

─ その頃、既に内視鏡検査をされていたのですか。

大腸の内視鏡検査は既に始めていました。手技に自信はあったので、かなり積極的に行っていました。

─ 腹腔鏡下手術に関してはいかがですか。

大腸がんの腹腔鏡下手術を日本で最初に成功させたのは1992年で、慶應の渡邊昌彦先生によるものです。渡邊先生は私の師匠であり、恩師であり、渡邊先生に師事をして、現在に至っています。腹腔鏡下手術が始まった当初は今のように画質も良くなかったですし、器具も十分にあるわけではなく、試行錯誤だったようです。渡邊先生もこの領域のパイオニアとして、手探りで手術をなさっていたのですが、大変な思いをされていたのではないでしょうか。本当にすごい先生だと思います。

─ 先生も開腹から腹腔鏡に至る過程にいらしたわけですね。

そうですね。私が外科医になってすぐの時期はメスで普通にお腹を開いて行う手術から、カメラを使った腹腔鏡の手術への移行期にあたっていましたが、私としては取り組みやすいという印象を持っていました。

─ 最初に腹腔鏡下手術をご覧になったときは衝撃がありましたか。

正直に言うと、「私にやらせて」と思ったのですが、そんなことは言えませんよね（笑）。当時はまだ試行錯誤でしたので、長い時間がかかっていました。

─ 先生が初めて腹腔鏡下手術を執刀されたときはいかがでしたか。

あまり覚えていないんです。覚えていないということは、そんなに苦労していなかったのかもしれません（笑）。ただ、私が初めて執刀したときは恩師の渡邊先生にいらしていただきご指導いただきました。

─ 手術の技術をどのようにして向上させていかれたのですか。

医師になってすぐの頃は上級医の先生方がおっしゃることを忠実にやっていくのですが、それを良しとするかどうかは自分で考えていかなくてはいけません。若手の先生たちにも「上級医のやり方をそのまま良しとするのではなく、自分の中で咀嚼して、自分が良いと思うことを吸収して、そうではないものは排除しよう。そして自分が手術をするときには自分が一番良いと思えるやり方でやっていこう」とよく言っています。私自身もそうすることで、良いところを全部出して、一番良いパフォーマンスを出せる手術にしていこうと、常に考えていました。それから、大事なのは左手の使い方ですね。

─ 左手をどのように使えれば良いのでしょうか。

右利きの人はどうしても右手が優位になるのですが、しかし左手が使えないと良い手術ができないんです。左手で鉗子を使いながら「ここを持って」と場所を決めつつ、視野を作っていきます。とくに腹腔鏡下手術では助手があまり手を出せません。開腹手術では助手が優秀であれば、助手が視野をどんどん広げていくのですが、腹腔鏡下手術では自分の左手で視野を広げます。したがって、両手使いであると手術がしやすくなりますね。

─ 先生は右利きでいらっしゃいますか。左手のトレーニングをどのように進めていかれたのですか。

私は右利きなので、若いときに左手を鍛えるにあたっては箸を左手に持って食事をしたりしました。

─ ペンではなく、箸なのですね。

字は速く書かないと仕事に支障をきたしますが、食事はゆっくりになってしまっても仕事にはあまり関係ないですからね（笑）。左手は使えば鍛えられますし、訓練だと思うと、だんだん上手になりますよ。手術室以外にも修練の場所はあります。手術するからにはうまくなりたいですし、患者さんも上手な人に手術してもらいたいはずです。そういう意識で鍛えてきました。

─ 2001年にアメリカ（ニューヨーク）に留学されたのですね。

がん研究センターから大学に戻り、2年間は大学にいたのですが、大学にいた最後の年にチーフ・レジデントになりました。それが終わってから橫浜のけいゆう病院に出張し、1年経った時点で医局から「留学に行け」と言われたんです。当時は全てが命令で、命令に逆らったらそこにはいられなくなるという世界ですから、留学先も既に決まっていました（笑）。今もそうですが、当時は留学と言えば、基礎研究で行くのが当たり前でした。それから今はお金を持たせて留学させますが、当時はお金をあまりもらえず、ほとんど自分のお金で行くことが多かったです。私はちょうど結婚し、長男が生まれる頃だったので、医局に「子供が生まれるまで待ってほしい」と頼んだのですが、駄目だと言われたので、泣く泣く行きました。

─ 留学はいかがでしたか。

2001年6月にニューヨークへ行き、9月に戻ってきた結果になるのですが、9月に何があったかと言うと、皆さんがよくご存じの9.11のアメリカ同時多発テロ事件です。留学先のCornell大学はニューヨークのそれもマンハッタンにあるので、その事件を受けて、あっという間に帰国してきました。事件があったワールドトレードセンターと大学は少し離れた場所にあったので、私自身は無事でしたが、ちょうどテレビをつけていたら、飛行機がワールドトレードセンターに突っ込んでいくところを生で見てしまい、皆で「まずいことになったね」と言い合いました。空港がすぐに閉鎖され、すぐに帰国できず、大変でした。

─ それで日本に帰ってこられたのですね。

帰国してからは東京歯科大学市川総合病院に1年ほど勤務し、「大学に戻ってこい」と言われたので、大学に戻り、包括先進医療センターに勤務しました。ここは以前は慶應がんセンターや腫瘍センターという名称だったところです。大学に帰ると臨床だけでなく、研究、教育、管理と全てこなさないといけないので、かなり大変でした。基礎研究は本当に厳しい世界ですよね。基礎医学の先生方は皆さん、研究でご飯を食べているわけなので、臨床医が片手間で行う基礎研究は今でも中途半端だと思っています。慶應義塾大学病院での勤務を経て、北里大学北里研究所病院に移りました。