記事・コラム 2024.10.10

圧倒的な国家試験合格率、卒業後は9年間の僻地勤務……“異色の医大”自治医科大学の学生生活はどうだった?

圧倒的な国家試験合格率、卒業後は9年間の僻地勤務……“異色の医大”自治医科大学の学生生活はどうだった?

私は自治医科大学を卒業して、現在は和歌山県で小児科のクリニックを経営しています。自治医科大学は防衛医科大学と並んで“特殊”と言われているようですね。実際に、私が在学していた頃も卒業後も、波瀾万丈で得難い経験を送った日々でした。

今回は、そんな自治医科大学についてお話しします。現在とは異なる部分もあると思いますので、“そんなこともあったんだなぁ”という気持ちで読んでいただければと思います。

 

特殊すぎる入試事情

自治医科大学に合格したら、他の大学は受けられない!?

そもそもなぜ私が自治医科大学に進学することになったのかというと、私の両親は中学を卒業してすぐに働いていたので、二人とも受験戦争とはほど遠い世界にいました。子どもの私も小中高と地元の公立校に通っていたので、医学部に進学したいと思ってから取れる手段が限られていました。ずっと私立の学校に通っている同年代の子たちに比べると勉強も遅れているし、受験のノウハウも全くない、大変不利な状況です。

そもそも医学部受験をしたくても、私立は経済的な負担が大きいので現実的ではありません。必然として、私に与えられた選択肢は国公立大学の医学部か、入学金・授業料が不要の自治医科大学のみでした。

18歳で人生の決断を迫られる

自治医科大学の入試は国公立大学より前に行われます。そして、そこで合格すると、国公立大学の合否を待たずに進学するかしないかを返答しなければいけません。

医学部受験を経験されてきた医師の皆さまはご存知かと思いますが、これ自体は特に珍しいことではありません。医学部に限らずとも、たとえば私立大学に合格したら大抵1~2週間以内に入学金の支払い期限があり、国公立大学の合格発表時期まで待ってはもらえません。国公立大学が第一志望だとしても、それ以前に合格した私立大学への入学金の支払いが必要となるのです。この場合、国公立大学に合格しても私立大学に支払った入学金は戻ってきませんので、万が一の保険として割り切るしかありません。

しかし、自治医科大学ではそれも許されません。そもそも自治医科大学は47都道府県のうち、それぞれ上位2〜3人の受験者のみが合格となります。さらに自治医科大学に合格した場合、国公立大学は前期後期ともに受験できない仕組みになっています。

明確に禁止されているわけではないのですが、進学を決めた者には、国公立大学の前期と後期の日程に県庁に赴いて入学手続きを行うよう指示が出されるのです。言ってしまえば身柄の拘束です。今も行われているかは不明ですが、少なくとも私の時代ではそうでした。

ちなみに、自治医科大学に合格しても「進学しない」を選択すればそのまま国公立大学を受験できます。学生募集要項の出願資格にも、

自治医科大学医学部での勉学を強く希望し、合格した時に入学を確約できる者。
※これは他大学との併願を妨げるものではなく、併願していても合否判定に影響はありません。
(引用:自治医科大学HP)

とあるので、併願自体が不利に働くということではありません。ただし滑り止め感覚で受験することは不可能で、合格が決まった瞬間に、その後の人生の選択を迫られるのです。当時の私の知り合いにも、東大に入れるレベルの学力をもっている人もいましたが、自治医科大学を選んだ瞬間にその道は閉ざされてしまうのです。私はこれ以上親に迷惑はかけられないという気持ちで、自治医科大学への進学を決めました。

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全国トップクラスの医師国家試験合格率と授業料免除のワケ

ドロップアウトすれば3000万円の一括返還

自治医科大学は、医師国家試験の合格率の高さでも知られています。2013年以降の合格率は10年連続全国1位で、2019年から2022年にかけては3年連続で合格率100%を叩きだしています。

また、自治医科大学医学部には、入学者全員に対して、入学金・授業料などの学費を貸与する修学資金貸与制度があります。これは、卒業後すぐに出身都道府県の公務員(医師)となり地域医療に9年間貢献すると返還が免除されるのですが、この条件を満たさなかった場合は約3000万円もの貸与金に所定の利率を上乗せして一括返還しなければなりません。入学金・授業料などの学費を貸与する修学資金貸与制度があります。これは、卒業後すぐに出身都道府県の公務員(医師)となり地域医療に9年間貢献すると返還が免除されるのですが、この条件を満たさなかった場合は約3000万円もの貸与金に所定の利率を上乗せして一括返還しなければなりません。

実は、他にも修学資金を返済しなければならないケースがあります。それは、在学中に2年留年することです。また、卒業したあとであっても、2回医師国家試験に落ちてもアウトとなります。

20歳前後で約3000万円の返済を迫られるのは、とてつもないプレッシャーでしょう。加えて、学生たちのほとんどは開業医の子どもではなく、経済的に余裕がない家庭の子が多かったので、約3000万円の学費のためにみんな必死に勉強します。自治医科大学は基本全寮制なので、一致団結して取り組む風潮がありました。

一般的に自治医科大学の高い合格率の理由は、「総合医」になれるよう全診療科目を完璧にこなすため、カリキュラムが1年前倒しで進んでいるからだと言われています。しかしその裏側には学費問題もあるのだと私は思います。

ちなみに、私の在学中だと1人だけ、条件を満たさずに修学資金を返済することになった人がいました。その人は開業医の出身で実家と同じ専門科を目指していました。しかし自治医科大学はその性格上自ら専門を選択できないので、結局親が学費を支払って希望の専門に進みました。

また、自治医科大学を卒業したあと、医師として臨床に携われないこともあります。卒業後の身分は「出身都道府県の公務員(医師)」という立て付けなので、保健所や行政機関に入るパターンもあるのです。

 

卒業後も特殊な経験が目白押し

卒後すぐに責任のある立場を任される

自治医科大学を卒業した後は、出身都道府県で9年間、地域医療を担います。まず2年間の臨床研修期間があり、出身都道府県の公務員(医師)として地域医療に従事します。

その後3年間、僻地などの病院や診療所、保健所などで勤務し、2年間の後期研修期間を経て、改めて僻地で地域医療に従事する、というのが基本の流れです。

現在ではどこの医学部を卒業しても、2年間の初期研修で様々な診療科をローテートすることは当たり前ですが、私が経験した当時は研修が義務化される前だったので、卒業後すぐに“何でも自分でやる”という環境に放り込まれました。各診療科をローテートしているときも上級医がいることにはいましたが、自治医科大学卒の医師は他の医科大学出身の医師とは扱いが違ったので、ほぼほったらかしの状態でした。

今となっては考えられないことも多々ありました。研修医なのに「やっといて」の一言で死亡宣告や死亡診断したこともありますし、経験したこともない処置を患者さんに施した翌日にその患者さんが亡くなり、先輩に「あなたの処置のせいかもしれない」と言われたこともあります(解剖の結果、私の処置が原因ではないことが分かりましたが)。とにかく大変な毎日でした。

逆に、プラスになった経験もあります。先ほども述べたように、当時は研修制度が義務化されていなかったので、通常であれば卒業後はそのまま外科、内科、産婦人科などに入局する流れでしたが、自治医科大学はそうではありませんでした。そのおかげで当時にしては珍しく様々な診療科を体験することができましたし、そこで小児科への強い思いも芽生えました。

4年目には1人医長というかたちで、年間400件もの入院患者を一人で診察しました。新生児から割と大きい子まで一人で対応しなければなりませんから、臨床医として非常に良い経験になったと思います。4年目の医師はまだまだひよっこですから、普通の医局の人事では考えられません。時にはドクターヘリを自分で手配したり、新生児救急車に乗ったりと、珍しい体験もしました。

そういった経験をするなかで、だんだんと地域への愛着も沸いていきました。私が二度目の研修で一度その地域を離れたときには、地元の方が片道3時間かけて私のところに「戻ってきてくれ」と直訴しに来てくれたこともありました。それが現在、和歌山の過疎地で小児科医を開業したことに繋がっています。

メリットかデメリットかはその人次第

自治医科大学の建学の精神は、

医療に恵まれない地域の医療を確保し、地域住民の保健・福祉の増進を図るため、医の倫理に徹し、かつ高度な臨床的実力を有し、更に進んで地域の医療・福祉に貢献する気概ある医師を養成するとともに、併せて、医学の進歩を図りひろく人類の福祉にも貢献すること
(引用:自治医科大学HP)

とあります。

確かに、自治医科大学は僻地での勤務が修学資金返済免除の条件になっていますし、自分の希望する専門医になれない可能性もあります。その点はデメリットとも言えるでしょう。しかし、見方によっては自分が本当に必要とされている場所で、必要とされている診療科で活躍することができるということなので、人によってはメリットだとも考えられます。

私自身、人生の選択を18歳で迫られるのはつらいものがありました。しかし今では良い選択だったと思っています。医学部受験を考えているお子様をお持ちの皆さまをはじめ、何かの参考になることを願います。

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