講師 南淵 明宏
昭和大学横浜市北部病院循環器センター
昭和58年、奈良県立医科大学医学科卒業。
34歳以来心臓外科手術の執刀医として活躍。その間、midCABG(ミッド・キャブ)と呼ばれる小さなキズで、しかも短時間でバイパス手術を行う手術方法に習熟するなど、手術手技においては我が国の心臓外科医の間で彼を崇めないものはいない。
民間病院で活躍してきた立場から、彼なりの医療観を歯に衣を着せることなく常に社会に発信し続けてきた。
その生き様は、大学病院教授となった今も少しも変わることはない。
人生とは自分の夢をいつかどこかで実現すること!
Atriclip® Pro / Atricure Inc.
『Atriclip®』は、左心耳閉鎖のデバイスである。
左心耳は血栓の生じやすい部位とされる。閉鎖することで血栓が生じる可能性を根絶やしにできる、というものだ。左心耳を含めた左心房内の血栓が問題になるのは、言わずと知れた心房細動の患者である。普段心房細動と診断されていなくても、たまたま生じた心房細動が、例え一過性であっても致死的な血栓塞栓症を起こすことがある。
心拍動下のバイパス手術(off-pump CABG)の際、全部の症例に左心耳を外側から結紮することを推奨する外科医もいる。off-pump CABGに限らず、心臓外科手術の直後数日で患者が突然心房細動に陥ることがあるからだ。その比率はoff-pump CABG患者全体の30%前後とも言われており、70才以上の高齢者であれば50%以上の患者で一時的な心房細動が発生している印象だ。全例に左心耳閉鎖を実施する合理性はある。ただしoff-pump CABGのように、たまたま胸骨正中切開で大きく心臓を露出していることや、左心耳を結紮することでの医療材料の支出は軽微だ。結紮に要する糸だけが必要な経費となるからだ。だがatriclipはいったいいくらかかるのだろう?
ただし実施上の安全性は最も高そうだ。左心耳の壁は非常に脆い。ピンセットでつまんだだけで出血し、なかなか止血するのが難しかったりする。素人が縫合して孔を閉鎖しようとすると、どんどん裂けてくる。
ここまでは「左心耳はどんどん閉鎖しちゃいましょう!」という普遍的な需要がある、という話だ。
前置きはさておき、先日アムステルダムで開催されたヨーロッパ心臓胸部外科学会のライブでatriclipの装着の様子を観た。
左胸腔のポートからのアプローチで内視鏡カメラの映像を見ながら左心耳をデバイスで挟み込む。デバイスに要求される目的達成度は相当に高いと思われる。この目的達成度とは「左心耳を閉鎖するデバイスで、本当に左心耳が閉鎖できるのか?」と言う点だ。
ご存じの向きも多いと思うが、左心耳の閉鎖方法には
- ①外から糸で結紮する。
- ②僧帽弁手術の際に左心房内側から入り口を縫合閉鎖する。
- ③左心房にカテーテルガイド下に左心耳閉鎖のデバイスを留置する。
と言う方法があり、ある報告によれば結紮や縫合では再開通、つまりしっかりと閉じきれなくて左心耳と左心房の交通が再開、または遺残することが多いとされている。確かに結紮した部分で交通を遮断できず、その後交通があったと言う例は外科手技には多い。動脈幹の結紮がその典型だ。完全に離断するのが理想であり、atriclipは限りなく『①外側からの結紮』という手法に近いが、物理的にしっかりとした構造なので再開通する余地はなさそうである、とはあくまで私の印象だ。
左心耳を閉じる必要のある患者で胸腔鏡を使う状況、と言えば、胸腔鏡で肺動脈のアイソレーションを行う患者だろう。つまり心臓の内側からではなく、心臓の外側からアブレーションを行う場合だ。今現在、そういう方法で治療を行っている病院は日本では希で、私が知る限り東京都立多摩総合医療センターの大塚俊哉Dr.だけではないだろうか。彼の下には全国から心房細動の治療のために患者が集まって来ていると聞く。
左心耳の閉鎖の方法は、左心耳を閉鎖する必要が「どの程度の患者」に「どの程度の必要性」で存在するか、つまりrationalityについては議論のあるところだが、実際のところ、どれだけ簡便に、そして安全に実施できるか、そういったfeasibilityとの兼ね合いが今後の普及の度合いを決める。
需要が高くても「危ない治療」「高額な治療」は普及しない。
我が国で保険診療として認められるのか否か?いったいいくらぐらいの償還価格になるのか?あるいはもっと別の形での販売、流通、償還になるのか、今後が注目される。