記事・コラム 2013.05.05

-医師を目指す若い人たちへ- ロボット心臓手術の権威渡邉剛先生からの提言

【第二回】どのような医者を目指すか

講師 須磨 久善

medock総合健診クリニック

1958年、東京生まれ
心臓血管外科医、ロボット外科医 (da Vinci Pilot)、心臓血管外科学者、医学博士、(心臓血管外科専門医、日本胸部外科学会指導医)等々。
金沢大学 心肺・総合外科教授、日本ロボット外科学会理事長、日伯研究者協会副会長、自由が丘クリニック顧問。
《略歴》
1989年 ドイツ・ハノーファー 医科大学心臓血管外科 留学
2000年 富山医科薬科大学医学部 助教授
2000年 金沢大学医学部外科学第一講座 主任教授
2005年 東京医科大学心臓外科 教授 (~2011年 兼任)
2011年 国際医療福祉大学 客員教授
2012年 日本学術振興会 専門研究員
2013年 帝京大学心臓外科 客員教授
2014年5月~ ニューハート・ワタナベ病院 総長

 

重症な患者さんに負担を軽く手術ができることを目的として Awake OPCABを開発、創始する。
OPCAB、MIDCAB等に用いる多数のdevice(装置、機器)を開発。
2005年からは外科手術用ロボット“da Vinci Surgical System”を導入して日本人として初めてのロボット心臓手術を行った。世界の最先端医療であるロボット心臓手術を日本で唯一行っている。2008年日本ロボット外科学会を創立して、日本におけるロボット外科の普及に勤めている。2009年にはロボット支援下冠動脈バイパス手術が厚生労働省の先進医療に認定された。
2005年~2011年6月まで、東京医科大学の新設“心臓外科”初代教授として金沢大学と兼任、東京と金沢を往復して多くの患者さんの手術を行った。

どのような医者を目指すか

今回はどのような医者を目指すか、ということについて述べたいと思います。

第一に、医者としての適性があるかを自分自身で見極めることです。小学校、中学校の段階では適性があるかどうかを見分けることはできません。しかし、高校に入ってしまうとおおよその適性はわかります。医学部は理系ですから理系的要素があるかは大きな判断ポイントです。既に医学部に来た人が読者なので、とりあえず理系であることを仮定しての話をしましょう。医者は薬の量などの数字を覚え、計算を正しく行わなくてはなりません。それ以外に様々な形で数学を使う場面があります。また医学部入試には数学の試験があるのが普通なので、やはり医者になる上で必須な科目です。特に外科医になる人にはまず、立体的な空間認識のセンスが大事です。平面の画像から立体的な構造や、それだけではなく血管だけを三次元的に頭の中で描いたり、腫瘍の位置関係、気管支の位置関係など、あらゆる臓器において三次元の画像を頭の中で構築していくことが大切です。「局所解剖」という本がありますが、筋は筋、血管は血管、骨は骨…といった系統的な解剖学で習った知識とは異なり、皮膚、骨筋、血管、神経といった全情報を含んだ外科的な視点で病巣部位にいかに到達することができるかを見ていくことが大事になります。「目的をもって解剖学を理解する」という言い方の方が正しいでしょう。 “三次元的な立体構造の把握”という意味で、今後外科に進む人にとってはなくてはならないものです。これは文系の方が得意な人の脳の中にはないものですので特に重視しています。

二番目として、手先を使った細かい作業が好きかどうかも大きな適性の1つです。「外科に進みたいけど手先が器用ではない」という人はまず外科医には向いていません。手術時間が大幅に延長し多くの出血をきたすか、トラブルが起こって術後に患者さんの具合が悪くなったり、ひいては自分自身の医師生命にも影響を及ぼすものです。医師免許は医療行為を行うだけの免許ではありません。メスを持ち、患者に傷をつけても治せなければ訴訟に問われ、殺人罪や傷害罪になる免許でもあります。ですので不器用な人は決して外科の道には進まない方がいいでしょう。
研修医期間の2年間は特に内科系の診療科を多く研修することになりますが、内科はgeneral physicianを養成する意味で大変大事な科です。その中で思考を停止せずに自分の適性をよく見極めてきてください。
人には色々な可能性があります。先ほどは理系の人が臨床医師に向いていると書きましたが、文系の人でも、医師免許を持ってできる仕事には色々な分野があります。公衆衛生の関係、あるいは予防医学などもあります。色々な分野がありますのでよく考えて選択してください。

3つ目、人があまり選ばない診療科を目指すということも選択肢の1つです。あるいはわざと厳しい科に進み、自分の限界を試してみたいと考える人もいるでしょう。どの診療科に進みたいか、自分のしたいことをはっきりわかっている人はいいのですが、やはり人の中にはリッチなところで生きていくことで自分の存在価値が認められる、と考える人もでてきます。これはこれで悪いことではありません。
日本では産婦人科や小児科などに進む人が少なくなり、それらの診療科の危機が叫ばれています。産婦人科などは出産時などの周産期死亡率の高い疾患であり、先進諸国の中でも日本の医療レベルは高い方には属しているものの、必ずしも0%ではないところにあります。ところが医療レベルが上がってくると、一般の人の中には「医療は公的な仕事であり、出産は死亡率が“0”である」と勘違いする人もいます。子供を出産するということは病気ではありませんので自由診療となります。しかし出産のときに病院で初めて自由診療であるということに気が付く人が多く、私もそうでした。産婦人科は前述のように危険な診療科であるのでやはり学生の多くは敬遠しますが、大変やりがいのある診療科でもあります。また小児科も同様です。そういう診療科に進むことを選択する若者を見ると、志のある人達だな、といつも感心します。私のしている心臓外科も、客観的に見れば割に合わない診療科の1つかもしれません。訴訟も多いです。何百人もの手術が成功しようが、1人の患者さんが亡くなれば深い自責の念にかられ食事も喉を通らない程になるものです。これは何年たっても変わりません。患者も苦しみ、その家族も苦しみ、自分も苦しむのです。
このようなことを全部理解した上で心臓外科医になりたいと言う人もたくさんいます。心臓外科医は人を死の淵から引きずりあげ救い出す、というとてもやりがいのある仕事なので、苦しくてもやる、という人が心臓外科医を選んでいるのでしょう。

また、女性の割合が増えているのも最近の特徴です。かつてロシア等の共産国家では女性医師が半数以上を占めていました。その理由は定かではありませんが、共産主義国家において医師は決して待遇の良い仕事ではなく、一般労働者の方が給与水準が高かったことも原因しているのだと思います。共産国家ですので、教育にお金をかけ何年も養成した場合には、その出口での給与は若い時から労働者をしていた人より低くして当然である、という考えに基づくものです。私がドイツで知り合ったロシアや東欧の医師たちはパンを買うのでさえ大変だと言って医師の待遇の悪さに対して嘆いていましたが、この日本では考えられません。
話がずれましたが、若い世代では女性医師の割合が増えており、3割を超えていると言われています。女性はキャリアアップと同時に出産などの女性特有の仕事(と言っていいのかわかりませんが)があるので、男女平等というわけにはいきません。仕事の分担がおそらく女性の方が多いので、女性医師が外科医になると大変です。しかし女性でしかできないこともあります。女性の患者は半分いるので、その悩みをよく聞き、女性でしかできない外科、あるいは医療を開拓する人も今後増えてくるでしょう。時代によって医師のニーズも変わっていくのだと思います。

人生とは、一生の中で自分の夢をかなえることです。二十代の目先だけではなく、四十代、五十代、六十代になり、自分が第一線で活躍するであろう年代で、自分がどこで何をしていたいかをはっきりと自分の中で位置付けて、より詳細なグランドデザインを頭と心の中に刻んでいくことで、今しなくてはならないことが見えてきます。前期研修を終え、初期研修を終えた後期研修で、どこの医局に入るかをもう1度選べる諸君らは大変幸運だと思います。二年間を無駄にしないで十分に考え、選んでください。