講師 須磨 久善
medock総合健診クリニック
1958年、東京生まれ
心臓血管外科医、ロボット外科医 (da Vinci Pilot)、心臓血管外科学者、医学博士、(心臓血管外科専門医、日本胸部外科学会指導医)等々。
金沢大学 心肺・総合外科教授、日本ロボット外科学会理事長、日伯研究者協会副会長、自由が丘クリニック顧問。
《略歴》
1989年 ドイツ・ハノーファー 医科大学心臓血管外科 留学
2000年 富山医科薬科大学医学部 助教授
2000年 金沢大学医学部外科学第一講座 主任教授
2005年 東京医科大学心臓外科 教授 (~2011年 兼任)
2011年 国際医療福祉大学 客員教授
2012年 日本学術振興会 専門研究員
2013年 帝京大学心臓外科 客員教授
2014年5月~ ニューハート・ワタナベ病院 総長
重症な患者さんに負担を軽く手術ができることを目的として Awake OPCABを開発、創始する。
OPCAB、MIDCAB等に用いる多数のdevice(装置、機器)を開発。
2005年からは外科手術用ロボット“da Vinci Surgical System”を導入して日本人として初めてのロボット心臓手術を行った。世界の最先端医療であるロボット心臓手術を日本で唯一行っている。2008年日本ロボット外科学会を創立して、日本におけるロボット外科の普及に勤めている。2009年にはロボット支援下冠動脈バイパス手術が厚生労働省の先進医療に認定された。
2005年~2011年6月まで、東京医科大学の新設“心臓外科”初代教授として金沢大学と兼任、東京と金沢を往復して多くの患者さんの手術を行った。
目次
人生とは自分の夢をいつかどこかで実現すること!
医師は多くの学生や親のあこがれの職業であります。そのため、医学部の偏差値は他の学部に比べて高く、学費も高額です。また、医師の収入も他の職業に比べて高く、社会的名誉もあります。しかし医師はほんとうに魅力のある職業なのだろうか? 長時間労働は当たり前で、訴訟のリスクも大きく、ミスが許されない職業です。大学病院で勤務する私は、「それでもあなたは医者になりたいのか?」と問いかけることにしようと思います。医師を目指す人たちに向けて、仕事のやりがいと業界の現実、未来の医療について書いていきます。
私はいま、ロボットを使った心臓手術や、“Awake手術”と呼ばれる心臓外科手術に取り組んでいます。 ロボット手術では、手術台から離れたコンソールの前に座り、そこから患者さんの胸部に挿入したロボットアームを動かして心臓を手術します。内視鏡を使った手術ですから、胸の部分を大きく切ることなく、小さな穴を空けて手術します。一方、アウェイク手術は、患者さんが目覚めた状態(awake)での手術です。全身麻酔を使わず胸部の局所麻酔だけで手術をしますので、患者さんは意識があり、話をすることもできます。術後に麻酔で頭がボーッとすることがなく、回復も早くなります。両方の手術ともに、患者さんの負担をできるだけ少なくするための術式です。早ければ手術後2 ~3日で退院できます。
近年の医療技術の進歩は目覚ましいものがあり、これまでは不可能と思えた治療ができるようになってきました。入院日数も大幅に短くなり、手術した当日に自宅に帰れる「日帰り心臓手術」まであと一歩というところまで来ています。
これから10年先、20年先には最先端の技術を取り入れた、さらに驚くべき治療法が出てきています。こうした日進月歩の医療の進歩を支えていくのは、これから医者になる若い人たちです。私は大学教員でもありますから、人材の育成がとても重要だと考えています。このコラムを読んでいる読者は医学生や若い研修医が中心ということもありますので是非ともこの先の新しい医療を開拓していってほしいと思います。
今回は第1回目ですので医師の仕事について述べることにしましょう。
1)医者の仕事が好きな人は伸びていけるのか?
医師としての人生には、いろいろな道があります。
「生きがい」として医者の仕事をするのであれば、これほど充実感のある仕事は他にはない、と断言してもいいでしょう。患者さんが退院していく姿を見るときの喜びは、本当にうれしいものです。大げさではなく、患者さんからの「ありがとう」という一言が心に染み渡るような場面もあります。また新しいアイデアを考え、それを研究して(“Bench to Sugery”)、いわゆる新しい治療法を開発していくこともワクワクするような喜びです。 しかし、「生きがい」として医者をやらない場合は、医者の世界のつらい面ばかりが見えてきてしまうかもしれません。
医者になれば、先輩医師達から厳しく叱られます。患者さんの命がかかっているのですから、当然のことです。一つの間違いさえ許されませんので、先輩医師は新人医師に極めて厳しい態度で接します。親にも怒られたことがないような人が、みんなが見ている前で罵倒されることもあります。それだけで心が折れてしまう人もいます。最近では「研修医制度」という制度があるので2年間色々な診療科を回ります。その中で最初は厳しい診療科を志した若い人も、必修診療科をまわるうちに「外科なんかに行ってどうするんだ」「もっと楽な科があるよ」という悪魔のささやきにのせられてついつい外科系を敬遠し、内科系の研修医になってしまうドクターが多いのが現実です。これは入局者の時間的な推移を見ればわかります。外科がどれだけ魅力的であっても、多くの研修医が楽な道や安定した道を選んでいくのは、あながち彼らにそのような性質があったのではなく、研修医の一番初めの段階で刷り込み(initiation)されてしまうからかもしれません。これは外科系以外のドクターだけではなく、世の中全体の風潮かもしれません。
医療行為は患者さんにとってもリスクのあるものですが、医者にとってもリスクのあるものです。良かれと思ってやっていても、患者さんが亡くなってしまえば訴えられたり、逮捕されたりすることもあります。患者さんのご遺族もつらい思いをしますが、医者の側も、非常につらく、苦しい人生が始まってしまいます。私たち医者は日々命を救う仕事をしていますが、しかし、場合によっては、明日いきなり逮捕されるという可能性もあるのです。医者の立場としては、あまりにも医者が守られていなさすぎるとは思いますが、それが現実です。
2)どんな医者になるか
将来どんな医者になるかを考えていただく参考のために、私が医学生たちに行っているキャリア教育の一端をご紹介します。医師になった人でも早期であれば道を変えることは可能です。医学生でもどんな医者のコースがあるのかをよくわかっていない学生がけっこういますので、どんな道があるのかを伝えています。
学生には、次の四つのうちで、自分がどんな欲求を持っているのかを明確にしてもらいます。
・多くの報酬を得たい・研究を続けたい・無医村に行きたい・ビッグになりたい
より明確にするために、「50歳の時点でどんな医者になっていたいか」をイメージしてもらいます。50歳のときそれぞれの目標によって、自分が何をしなければいけないのか、どんな心の準備をしなければいけないのかが異なってきます。医学部を出て医者になる人は、“自分が働いた分に見合ったお金が欲しい”と思うと、つらくなって続かないでしょう。“自分はこんなにやっているのに、どうして収入が少ないんだろう”と感じるのではないでしょうか。医者になる以上、“やった分に見合っただけのお金が欲しい”とは考えない方がいいでしょう。
かといって、開業医を簡単に目指すのも考えものです。開業医は制度変更に左右されやすいところが問題です。今後医師が増え、年間8,000~9,000人が医師免許を取得している現在よりも、さらに1,000~2,000人増えるといわれています。ですので以前と比べて大きな規模での開業は難しくなっていますし、また開業医同士の競争が出てきますので大変です。また診療報酬制度が毎年見直しをされ、上昇することはなかなかないこと、昔からされていることに関しては報酬が下がるということから多くのリスクを背負うことになります。
ファイナルゴールとして「研究を続けていきたい」という人には、アメリカに行くためのステップを踏むことをすすめています。日本にいながら“潤沢な”研究費をもらって、本当に良い研究をするのはかなり困難でしょう。山中(伸弥)教授もそうであるように、最先端医学を研究するためには少なくとも研究の本場であるアメリカに行って共同で研究をするなどの工夫が必要です。
「無医村に行きたい」という人は、意欲さえあれば誰でも無医村で働く医者になれます。しかし、現実的な課題についても知っておいたほうがいいでしょう。無医村では全科をやらなければいけませんから、かなりの経験値が必要です。救急も多く、ストレスは相当に高くなります。ですから、総合診療医として10年間くらい働き、経験を積んでから行ったほうがいいでしょう。無医村に行きたい人は高い志を持っていく覚悟が必要ですし、住民や激務からのプレッシャーに耐えられず辞めてしまう医師が多いのが現状なようです。精神力が強ければ3年は頑張れるのではないでしょうか。
学生の中には、「僕は、ビッグになりたいんです」という人がたまにいます。何をもって“ビッグ”というのかはわかりませんが、大きなことを考えているのでしょうから、それは見どころのある人だと思います。どんな分野であれ、人と同じことをしていてはビッグにはなれません。まだ誰もやっていないようなことを選んだり、人があまり選ばない科を選んだりすることが重要になります。医師の少ない科を知るには、「医師・歯科医師・薬剤師調査」などの統計を見るといいでしょう。厚生労働省のホームページを見れば掲載されています。どの都道府県の医師が不足しているか、といったこともわかりますので、それらを見ながらビッグになるための構想を練ってみるのにいいでしょう。いずれにしても、どのようなことでもいいので一点豪華主義的に得意分野を極めていくことが必要だと思います。自分の好きなこと、自分の得意なことを追求していくことでキラキラと輝いていければ、ビッグになる可能性は出てくるはずです。また、国内外の医療分野の第一線で活躍している人のことをよく調べて、その人の経歴などを学べば、ヒントになるものが見えてくるかもしれません。
3)希望する道を早い段階から探っていく
医学生たちにキャリア教育をして、将来的な希望を聞いてみると、「自分でも希望がよくわかりません」「決められません」という医学生がけっこういます。いままでの人生を親が決めてきたために、自分で決められない人がいるのです。医学部合格までは親がレールを引いてあげてもいいのですが、医学部に合格したあとは、自分で自分の人生を考えていかなければなりません。「自分が何をやりたいか」「どんな人生を送りたいか」ということを研修医としてしっかり考えていくことが大事だと思います。
4)人生とは自分の夢をいつかどこかで実現すること
「医者になりたい」と思っても、医者としての適性をあまり持っていない場合には、無理に医者になっても、将来、後悔することになります。たとえば、手先の不器用な人が外科医になると医療事故を起こしてしまって、訴訟に巻き込まれる可能性も出てくるでしょう。「こういう医者になりたい」という意欲は大切にして欲しいのですが、ある程度、適性についても考慮に入れておく必要があります。
医者としての大まかな適性は、次の3つの点で見分けることができます。
1.惻隠(そくいん)の情があるか2.手先が器用か3.勉強が好きか
「側隠の情」とは孟子の言葉です。孟子は、親の子を思う心を「側隠の情」とし、これを社会生活のすべてに及ぼすように説きました。
「側」は、同情し心を痛める意。
「隠」も、深く心を痛める意。
したがって、人が困っているのを見て、自分や親のことのように心を痛めるような心持ちを「側隠の情」というのです。もっと平たく言えば、相手の心情を深く理解し「思いやりの心」ということになるのかもしれませんが、それだけでは十分に表せない、もっと深い情愛を満たす言葉です。医師に当てはめると、自分より弱い立場の患者さんを見たときに“かわいそう”とか“何とかしてあげたい”と心から思えるかどうかです。「側隠の情」は、基本的には人間がもともと持って生まれて備わった素質です。しかし、特に外科医師の場合にはより高いところでも求められる蛮質です。たとえば、手術中に自分の具合が悪くなったとしましょう。あるいは手術中に東北で起こったような大地震が来て、自分の身が危なくなったときのことを想像してみましょう。手術中の患者さんを放っておいて逃げることはできません。プロなら“手術が無事終わるまで、自分の身に替えてもこの患者さんを助けよう″と思うはずです。
私は難しい緊急手術の最中で途方に暮れそうなとき、“自分の命があと何年か短くなってもこの手術を絶対成功させる”と心の中で思っています。そういう選択を自らに問いかけられる仕事なのです。心臓外科医になってみると、心の中に他の医師と違うものを感じるはずです。
「自分の夢をいつかどこかで実現する」のが人生です。先ほどまで書いてきたように、“ビックになりたい”、“お金持ちになりたい”、“教授になりたい”、“研究者になりたい”は最終型です。その原点があってこそ、次の項目に進めます。
例えば外科に進みたいのであれば、「手先が器用であること」は大事な条件です。手術の手技は、手先の器用さによって決まる部分が少なくありません。努力と練習によって技術を磨く人もいますが、一般的に言えば、不器用な人は外科には向いていないと考えておいたほうがいいでしょう。
本人が「自分は手先が器用」と思っていても、実際には違う場合もあります。この点に関しては、親のほうが確かな判断をすることができます。親の目から見て、「小さいころから手先は器用だった」とか「昔から工作が上手だった」とか「細かい絵を描くのが得意だった」などと思えれば、外科医として名医になる可能性があると思います。
「勉強」という作業そのものが好きかどうかも、大きなポイントです。勉強が嫌いな人は、内科系の仕事はあまりおすすめできません。勉強することよりも、運動しているほうが好きとか、工作などで手を動かしているほうが好きという人は、内科よりも外科のほうが向いているだろうと思います。
内科系の仕事には、勉強がつきものです。イスに座ってじっくりと勉強することができる人でないと、将来、つらい思いをするはずです。内科医は患者さんを診察しますが、診察したあとに、「これはどんな病気だろうか」と丹念に探っていきます。「あの病気かもしれない」「この病気の疑いもある」といったことを考えながら、病気を特定していきます。さまざまな種類の病気の可能性がありますから、国内外の論文を読んで病気を探っていくことも必要になります。コツコツとした知的作業を継続していくことによって、より良い医者になっていくのが内科系の医者の特徴と言えます。ですから、じっくりと勉強をすることが好きな人にとっては、内科系の仕事はとても向いています。